18
「バイト辞めたんだって?」
兄貴がニヤニヤしながら言った。真純さんはキッチンで後片付けをしている。
「うるせえ!」
「河本クンだったっけ? さっき電話があったんだよね。真純」
「そうそう。またかけるって言ってたから、そろそろかかってくるんじゃないかしら」
エプロンで手を拭き拭き、真純さんがリビングに戻って来た。
「なんだよ、伊織。黙り込んじまって、気味悪いな・・・」
「ほっといてくれ」
『俺達全然そんな関係じゃねぇから・・・勘ぐられるのは迷惑だ・・・』
ショックだった。
人のこと抱いておいて、そんな関係じゃなかったらどんな関係だって言うんだ?
『伊織・・・好きだ・・・・』
「冗談じゃないっ! あんな声で囁くから勘違いしちまったじゃないか!」
「伊織?」
「どうしたの? 伊織クン、何かあったの?」
知らず知らずのうちに口走っていたらしい。名前を呼ばれて顔を上げると兄貴と真純さんに見つめられていて、俺は恥ずかしくなってしまった。
「見てておもしろかったぜ。青くなったり赤くなったり。百面相してやんの」
「うっっっっ!?」
反論できない・・・
「伊織クン、恋してるでしょ?」
「えっ!? や・・ヤダなぁ・・・真純さんってば、何言ってんだよ」
「そんなに真赤になって否定しても無駄よ。バレバレ」
今の俺の顔は、きっと茹でダコよりも真赤になっていたに違いない。童顔に騙されやすいけど、真純さんはある意味兄貴より怖い人だってことをすっかり失念していた。
「相手は河本クンなのね?」
真純さんの問いかけに答えることができずに俯いた俺に、兄貴は裏返った声で叫んだ。
「ウッソだろー!? マジかよっ!」
「しークンはちょっと黙っててちょうだいっ!」
真純さんにビシッと窘められて、兄貴は姿勢を正した。尻の下に敷かれてやんの・・・なんて、人のコト気にしてる場合じゃないか・・・・
「土曜日に何かあったのはわかってたわ。もしかして、ロストバージン?」
そこまでバレてるなら、俺は頷くしかなかった。兄貴が硬直したのがわかったけど、こうなったらヤケだ。洗いざらいブチまけてやる。
「そっかぁ。土曜日帰って来なかったし、帰って来たらきたで熱出して寝込んじゃうし、心配してたのよ。一応」
「でも亜南は、俺とはそんな関係じゃないから勘ぐられるのは迷惑だって・・・みんなの前で・・・・」
俺のグチに、真純さんはニコニコ笑ってうなずいた。
「当然じゃない。ホモのレッテル貼られちゃうなんてイヤでしょう? 伊織クンはホモだって後ろ指指されてもいい?」
「俺はそれでもいいと思ったんだ。だから山野を挑発したりした・・・でも、亜南は困るよな・・・野球部の次期エースだもんな・・・」
俺は真純さんの言葉に納得してた。頭の中では・・・
「伊織クンが恋人を自慢したい気持ちはわかるよ。でも、世間は甘くないってことも覚えてて・・」
「うん・・・でも亜南が女のコと話してるだけでもイヤになるんだ。自分自身、こんなに嫉妬深いだなんて思ってもみなかったから、どうしていいのかわからなくて・・・」
「うふふ。しークンもヤキモチ焼きよ。そんなところはやっぱり兄弟ね。顔は全然似てないのに・・」
「えっ!?」
「うっ!?」
兄貴と俺は顔を見合わせた。お互いに思ってることは一緒だった。
『コイツと似てるなんて言われても嬉しくねぇ・・・・』