24

「時間はたくさんあるんだから、よく考えなさい。これからどうしたいのか」
 真純さんの言葉は胸に染みてくるようだった。そうだ。俺にはまだ時間はたくさんある。
「うん。しばらくは空手に打ち込むよ。昇段試験も近いし・・・中間テストもあるし・・・」
「そうね。精神の鍛錬にはいいかもね」
「うん。でも師匠には何故か俺が悩んでるのバレててさ。『大いに悩め青少年』って、お尻をバンバン叩かれちゃって参ったよ。まだ痛いのにさ・・・・」
「!?」
「?!」
「あ・・・・」
 自分がナニを口走ったのか気付いて焦ったら、兄貴と真純さんは真赤になってフリーズしていた。


 19

 電話を睨みつけたまま、俺はどれくらいの時間こうしていただろう。宿題やら予習やらしなきゃいけないのはわかってるんだけど、伊織と話をすることの方が大切なように思っていた。
「イオ兄ちゃん、そろそろ戻ってるんじゃない? 早く電話しないとイオ兄ちゃん寝ちゃうよ。僕はもう寝るからホントにちゃんと謝っといてよね。お休み」
 亜里はそう言って、自分の部屋に上がっていった。

 コール3回で繋がった。
『・・・はい・・・』
「伊織っ! 俺・・・」
『何の用だ?』
 冷たくあしらわれて、俺は息を飲んだ。
「俺、何かお前を怒らせるようなことした? 亜里が謝れって言うから、俺・・・」
『俺達そんな関係じゃないし勘ぐられるのも迷惑なら、一切俺に関わるな』
「伊織・・・?」
『そんな風に呼ばれるのも迷惑だ。おかげで俺までホモのレッテルを貼られちまったじゃねぇか』
 伊織の突き放すような口調に、俺の背筋を冷たい汗が流れた。伊織の怒りはハンパじゃない。
「・・・今朝のことを怒ってるのか?」
『今更・・・お前はホモだって後ろ指さされるのがイヤなんだろう? 今ならまだ間に合うじゃないか。カワイイ女のコが言い寄って来てくれるうちに軌道修正したらどうだ? 俺のことを好きだなんて言ったことは忘れてやるからさ』
「ちょっ・・・待ってくれよ・・」
『もうお前とは何も話すことはない』
 引導を渡されて、それから俺は何て言ったのか、いつフリップを閉じたのかさえ覚えていない。
 ただわかっていることは、俺は伊織にフラレちまったということだけだった。


 20

「ヤだっ! ちょっと伊織クン、大丈夫?」
 通話を切った途端、俺は貧血を起こしたのか、その場にへたり込んでしまった。
「しークン。早く来てっ!」
「真純さん・・・・大丈夫だから・・ちょっとめまいがしただけ・・」
 俺は頭を振って気持ちを立てなおそうとした。
「今の電話・・・カレからだったんでしょ?」
「うん・・・・でも元カレだよ・・きっぱりフッてやった・・・」
「伊織クン・・・・いいの?」
「うん・・・もう疲れた・・・」
 真純さんは心配そうな顔をしていたが、俺はもう眠って全てを忘れてしまいたかった。時間があるから考えようと思っていたのに、亜南のおろおろしたような声を聞いてブチ切れてしまって、勢いでフッてしまった。
 ほんの1週間ほどの間の出来事なのに、随分長い間のことのように感じていた。