「気がすんだか? 山野」
頭上に響く、この涼やかなテノールは・・・
「済むわけないでしょ。ホモの片割れ」
「おやおや・・・随分威勢がいいね。新聞部と結託してあんなヤラセ記事書かせてたクセに・・・・河本が本気になった頃を見計らって捨ててやるって計画だったんだってね・・・」
伊織の言葉に山野は瞬時に青ざめた。
なんだって!?
(げー、まじぃ?)
(美月サイテー)
「く・・口からデマカセ言わないでよ!」
伊織の暴露発言に、俺もクラスのみんなも息を飲んだ。山野はムキになって反論していたが、口で伊織に勝てる訳ないのに・・・
「俺が言うのがデマカセかどうか、みんなはどっちの言い分を信じるだろうね?」
シレっと冷たい口調で言い放たれて、山野は教室を見回した。みんなが遠巻きにしてこっちを見ていることに舌打ちをすると、悔しそうに伊織を睨みつけて、教室を飛び出して行った。
緊張して見守っていたクラスメートも、凍りついた教室の空気がいたたまれなくなったのか、一人二人と帰り始めた。
「伊織・・・」
恐る恐る呼びかけると、伊織は無言のまま冷たい一瞥を寄越した。
「・・・好きなんだ・・・伊織・・・」
「冷やして来い」
「は?」
真剣な告白への返事は、なんともとんちんかんなものだった。
「早いとこ冷やして来いよ、その顔。すげぇハンサムになってるぞ」
「え・・? あ、うん・・・・あの・・亜里が泣くんだ・・・親父も伊織の料理を食べたがってて・・・」
また、伊織に戻って来て欲しくて、俺は必死にかき口説いた。
「わかったからさっさと冷やして来いって。俺はお前のその顔に惚れたんだから」
伊織の口から、信じられないような言葉が飛び出した。
「か・・顔だけ・・・・・?」
「顔だけだ」
「そんな殺生な・・・」
「俺は嫉妬深いって言っただろうが・・・・なのにあんな性悪女に引っかかりやがって・・・もう、金輪際お前とはキスしないからな。山野との間接キスなんて、死んでもゴメンだ」
伊織はあっさり言い放った。
「さあ、クラブ解禁日なんだろう? エース候補が遅刻してたらマズイんじゃないか?」
久しぶりの伊織の笑顔に見惚れてしまっていて、俺は間抜け面をさらしていたに違いない。
「早く行けったら。今晩は何を食べたいんだ? 作っておいてやるから」
「伊織を食べたい・・・」
夢見心地で呟いた俺の脳天に、容赦ない空手チョップがめりこんだ。
「ひでぇ・・・愛してるのに・・・」
「いくらカミングアウトしたからって、人前でそんなこっ恥ずかしいこと言うんじゃねぇっ!」
見ると、伊織の頬は朱を注いだようになっていて、まんざらでもない様子だった。
「伊織・・ゴメンな・・・俺もう迷わないから・・・」
「亜南・・・」
俺が伊織を抱き締めようとしたその時・・・・
「お取り込み中のとこ、すいませーん。新聞部ですけど、今こちらのクラスの人から情報戴いたんで、インタビューさせてください。お二人さん」
「ゲッ! お・・・俺・・そろそろクラブに行かなきゃ・・・・」
逃げようとした俺に、隣のクラスの新聞部員は、ニッと笑って言った。
「野球部の監督には、取材で遅れることの了承はとってあります。もうコメントも戴いてますしね」
「こ・・・コメントって・・・」
「友情と愛情を勘違いするのも若さゆえの勇み足だろうと思っている。擬似恋愛もいいが、それに溺れることなく練習に励め。とのことです」
ちょっと気になるコメントだけど、退部しなくてもいい?
安心した途端、俺は腰を抜かしていた。