その夜、亜里が寝てから、俺達と親父はリビングで向かい合っていた。
「単刀直入にいこう。伊織君は亜南が好きなんだね? その、つまり、そういう意味で・・・」
親父は飲まなきゃやってられないのか、ブランデーのグラスを手にしていた。
「申し訳ありません。でも、俺は亜南が好きです」
伊織は親父の目を真っ直ぐに見て、ハッキリと答えてくれた。
素面の伊織に好きだと言ってもらえて、俺は涙が出そうになるくらい嬉しかった。
「亜南も伊織君のことが好きだと言うんだな?」
「うん。女のコとつきあおうとしたけど、やっぱり伊織じゃないとダメだとわかった」
俺の言葉に親父は大きなため息をついた。
「反対されたって俺は伊織が好きなことは譲れないからな!」
「頑固なお前のことだ。無下に反対しても無駄なことはわかってるさ。ただ、亜子さんに何て報告すればいいか、迷ってるだけだ」
母ちゃんの名前を出されて、俺の心臓はドキッと跳ねた。
「母ちゃん、反対するかな・・・?」
「複雑だろうな。俺達親は子どもの幸せだけを願ってる。好き合ってる者同士を引き離すようなマネはしたくない。でも、自分の息子がオカマだったなんて急に言われて、面食らわない親なんていないぞ。そう思わないか?」
オカマと言われて、俺と伊織は顔を見合わせた。
「伊織君のご家族は、知っているのかな?」
「兄とその婚約者には話しました。でも父親にはまだ・・・・・」
「そうか・・・」
「俺は諦めるつもりでいましたから・・・」
「伊織?」
思いかげない言葉に、俺は息を飲んだ。
「誰にも祝福されないような恋を続けていく自信がなかったし・・・・でも、亜南がみんなの前で俺を・・・女のコの山野より、俺を選んでくれたから・・・・だから、俺も自分の気持ちに正直に生きてみようと・・・」
そしておもむろに、伊織は親父の前に土下座した。
「おじさんには本当に申し訳ないと思います。でも俺は幸せになりたい。だから俺に亜南を下さい」
な、な、なんだってーっ!?
「ちょっと待った。一つ確認したいんだが、亜南・・・お前が嫁に行くのか?」
「冗談じゃねぇっ! 何だよ! プロポーズは俺の方からしようと思ってたのに、先に言っちまいやがって」
俺の抗議に、伊織はフンッと鼻で笑った。
「言ったモン勝ちだ。いつも俺が女みたいにされてるんだから、これくらい譲ってもバチは当たらないだろうが」
「じゃあ、お前が俺んちに嫁に来てくれるってんだな?」
詰め寄った俺に、伊織は顔を真っ赤にして叫んだ。
「もう、嫁に来てるようなもんじゃないか。メシの仕度をしてお前の帰りを待ってるんだから!」
「!」
二人で顔を赤くしてみつめあっていたら、ゴホンとワザとらしい咳払いがした。
「お前ら、人前でイチャつくんじゃない。俺の恋女房は入院中なんだから、少しは気遣ってくれてもいいだろうが」
「申し訳ありません」
「まあいい・・仲がいいのはいいことだ。でも、今夜はもう遅い。泊まっていくか?」
親父の申し出に、伊織は首を振った。
「いえ、宿題や時間割のこともあるので帰ります」
「そうか、明日は刺身で一杯やりたいもんだ。キンピラのようなお袋の味が恋しくてな」
親父のリクエストに、伊織は笑顔で応えて立ち上がろうとしたが、腰砕けになって床に座り込んでしまった。
「あれ・・・? やだな・・俺・・・なんだか安心したら・・・・」
恥ずかしいのか、伊織は両手で顔を覆った。肩が震えている。
「どうした? 伊織君」
「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・俺・・・」
泣いてる?
「わかった。大丈夫だから・・・泣かなくてもいい・・・」
親父の声は上擦っていて、うろたえているのがわかった。亜里がピーピー泣くのとはやっぱ重みが違うもんな。
「送ってやるから・・・伊織」
「おぉ、そうしてあげなさい。亜南。さぁ、立てるか? 伊織君」
親父は伊織がまるで嫁であるかのように気遣っていた。何が悲しいのか、それとも嬉しいのか、伊織は家に着くまでメソメソ泣き続けていた。