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「ただいまー! 腹減っただろ、亜里。すぐにメシの仕度してやるからな」
 6時までの練習の後、次期エースとはいえまだ1年の俺は、グランドの整備やら後片付けやらがある。自転車をとばしても戻れるのが7時前。これからメシの仕度ってのは、ちょっとツライものがあるよな・・・と思ってたら、今日はドアを開けるといい匂いがしてた。
「おかえり、兄ちゃん。今日はもうご飯の用意ができてるんだ」
「お前が作ったのか?」
 テーブルを彩る料理を目にした俺は、着替えるのも忘れて亜里の向かいの席についた。
「僕が怪我したから、イオ兄ちゃんが作ってくれたの」
 俺のどんぶりのような茶碗にご飯をよそいながら、亜里は話し出した。お子様向けにケチャップで甘めに味付けされたパイナップル入り酢豚に舌鼓を打ちながら、亜里の話に相槌を打った。
 本日のメニューは、酢豚と春雨のサラダ、卵とワカメのスープだった。
「へぇー。じゃあ、その『イオ兄ちゃん』ちにも母ちゃんがいないんだ?」
「うん。父ちゃんが明日にならないと帰ってこないって言ったら、明日お詫びしにくるって」
「ホントに変な奴じゃなかったんだな?」
 俺が疑いの眼差しを向けると、亜里はムキになって否定した。
「違うよ! 料理はプロみたいに上手だし、ハンサムで優しいし、僕の宿題だって教えてくれたんだ」
 まるで恋人のことを話すかのように、亜里はむきになって、しかも頬を染めてソイツのことを褒めちぎった。
「ふーん。まぁ、メシも美味かったし、いっか・・・明日、俺もクラブ休んで吟味してやるとしよう。で、ソイツの名前はなんて言うんだ?」
「え・・・と・・・忘れた・・・」
「なんだ、頼りないなぁ・・・」
 亜里はバツが悪そうに、ポリポリと頭を掻いた。
「あっ、そうだ。冷蔵庫にデザートもあるって言ってたよ」
 ラップをかけられたガラスの大きなボールには、二人で食べてもまだ余りそうなほどの杏仁豆腐が浮かんでた。

 翌日の昼休み。俺は家庭の事情ってことで、クラブを休む許可を貰うため、職員室に来た。悪いことした訳じゃないけど、あんまり居心地はよくないので、さっさと用事を済ませて退散しようとしたら、ちょうど入ろうとしたヤツとぶつかってしまった。
「あっ・・・悪りぃ・・・吉木か・・」
「あれ・・河本(こうもと)? 一体、何やらかしたんだ?」
「何だよ、ソレ・・・俺様のような優等生掴まえて、そんな言い種はないだろ?」
 吉木にラリアートをかける真似をすると、メタルフレームの奥の切れ長の目が細められた。
「ジョークだってば・・・で、誰が優等生だって?」
 口唇の端だけを持ち上げて、シニカルな笑いを浮かべる吉木に、俺はシナをつくって答えた。
「イヤだわ。吉木社長ったら、それこそジョークですってばぁ」
 同じクラスの吉木とは、県立大和高校に入学してから知り合ったばかりだ。新入生総代として入学式で挨拶してたから、入試ではトップの成績だったんだろうけど、イヤミなところもなく、爽やかな好青年って感じで、ルックスも悪くないので、女のコ達がキャイキャイ騒いでいたっけ。
 でも、ナンパって訳じゃないみたいで、ストイックな雰囲気が感じられて、男の俺の目から見ても非の打ち所のない、イイ男なんだ。
「次の英語は抜き打ちでテストがあるから」
 ボケッと端正な顔に見惚れていたら、コソッと耳打ちされて、俺は背筋をゾクッと這い上がるものを感じた。
 何? コイツって、こんなに妖しい雰囲気も持ってるヤツだったのか?
 俺は愕然とした。
 男である吉木に囁かれただけで、股間にグッとクるなんて・・・
「河本? 何ボーっとしてるんだよ。教室に戻ったら、みんなに教えてやってくれよ。3組で4時間目にやられたらしいからさ」
「えっ、あっ? あぁ・・・わかった・・・」
 俺は熱に浮かされたように真赤になってたに違いない。コクコクと頷くとフラフラと職員室を出た。
 俺、何を血迷ってんだろ? いくら綺麗だからって吉木は男なのに・・・あぁ・・・暑さの所為か・・・?
 まだ5月だというのに、真夏のような強い陽射しが、やけに眩しく感じられた。