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 ・・・・・やりにくい・・・・・
 俺がキッチンで料理をしているのを、河本兄弟が仲良くダイニングの椅子に腰掛けて、じっと眺めていた。
「スゴイや・・・イオ兄ちゃんって、キャベツをあんなに細く切れるんだ・・・コックさんみたいー」
 亜里が何かにつけて、感嘆して声を上げる。
「うっせーぞ、亜里。俺だってちょっと修行すれば、すぐにあれくらいできるようにならぁ」
「じゃあ、今すぐイオ兄ちゃんについて修行してよ。僕、馬の餌みたいなご飯は、もうイヤだよ」
「なんだとー、この野郎っ! 言うに事欠いて、馬の餌だとっ!?」
「ホントのことじゃん・・・あーぁ、イオ兄ちゃんが、本当の兄ちゃんだったらよかったのに」
「亜里っ!」
 漫才のような会話はそこで打ち切られ、河本にヘッドロックをかけられて、亜里はジタバタと抵抗していたが、かないっこないのは火を見るより明らかだった。
「河本」
「んー?」
「なあに? イオ兄ちゃん」
 俺の呼びかけに、兄弟ゲンカを一時中断した河本兄弟から、ユニゾンで返事されて、俺は苦笑してしまった。
「あぁ・・・兄貴の方の河本」
「亜南(あなん)」
「えっ?」
「俺の名前。苗字だと紛らわしいから、亜南って呼んでくれ。俺もお前のこと、イオ兄ちゃんって呼ぶから」
「伊織で結構だ」
「あ、やっぱり?」
「からかったな」
 顔が赤くなっていくのがわかる。全く、この兄弟には調子を狂わせられっぱなしで、やりにくいったら・・・・
「で、俺に何か言いたいことがあるんじゃないか?」
「あ・・・あぁ・・皿を出してもらおうと思って・・・」
 赤面してしまった顔を見られたくなくて、俺はソッポを向いたまま答えた。全く、こんなことでうろたえててどうするんだよ・・・俺・・
「何枚?」
 食器棚の扉を開けて亜南が訊く。
「大きめのやつを3枚頼む」
「ラジャー。シェフ殿」

「美味いっ!」
「ホントに美味しいっ!」
 できあがったトンカツにかぶりつくなり、河本兄弟はユニゾンで絶賛してくれた。
「そりゃ、どうも・・・」
 俺はまたしてもペースを乱されそうになるのを必死で堪えて、わざとシニカルに答えた。
「伊織・・お前天才だよ。なぁ、ものは相談だけどさ・・・帰宅部なんだったら、俺んちでシェフのバイトしてくれない?」
「え?」
「洗濯や掃除は俺達でもできるんだけど、料理はみんな苦手でさ・・・父ちゃんに言ってバイト料弾んでもらうからさ。お前んちは、兄貴のフィアンセが来てくれるって言ったじゃん」
 思ってもみなかったことを言われて、俺の目はテンになってしまった。
「僕もサンセー。僕からもお願い、イオ兄ちゃん」
「頼むよ。このとおり」
 これまたユニゾンでお願いされて、亜南には頭を下げられて、俺は絶対に間抜け面を晒していたに違いない。