7

「善は急げ。早速父ちゃんに電話だ」
 俺が呆気に取られている間に、トントン拍子に話は進んだらしい・・・というのも、俺の思考回路は完璧に停止していたからだ。
「おいっ! 伊織、決めたぞ。何ボケッとしてるんだよ。1日千円でいいよな?」
 亜南に肩を叩かれて、俺は何も考えずに頷いていた。
「やったーっ! イオ兄ちゃんが毎日来てくれるんだ」
 亜里の声で正気を取り戻した俺は、我が身に降りかかってきた災難に、頭を抱えたくなった。
「伊織。よろしくな」
「ちょ・・・ちょっと、待ってくれよ」
「なんだ? 千円じゃ不服か?」
「いや・・・そうじゃなくて・・」
「ならいいじゃないか」
 亜南に右手を差し出されて、俺は反射的に握り返して、泣きたい気持ちで握手に応えていた。
 元はといえば、俺が亜里に怪我をさせたのが原因だけど、どうしてこういう展開になったのか、想像もしていなかっただけに、どう切り抜けたらいいものやら、俺は途方に暮れてしまった。

「バイト?」
「あら、いいじゃない。困ってる友達を助けてあげて、バイト料も入るんでしょ? いいわ。吉木家の家事は、私が引き受けてあげる。どうせ9月には結婚してこの家に入るんだから、練習だと思えばいいんだし」
 俺が放心状態で帰宅すると、真純さんが来ていた。兄貴と同い年なんだから俺より8つも年上なのに童顔の所為か、まだハタチ前で通りそうなんだ。
「いいのか? 真純」
「いいわよぉ。だって、しー君のカワイイ弟クンが困ってるんだもの、おねいさんとしては、助けてあげなきゃね」
 真純さんに頭をなでられて、俺はペットとでも思われてるのかもしれないと、ふと思った。
「ねー? いおクン。もっと懐いてくれてもいいのよ」
 真純さんにニッコリ微笑まれて、俺は赤面するのがわかった。
「おっ、珍しい・・・いつも冷めてるクールな伊織クンが赤面してる」
「ホラッ、しークン。この表情がカワイイのよ」
 ・・・このバカップル・・・・絶対に俺で遊んでる・・・
 最早、俺の精神力はゼロに等しかった。こんな厄日にはさっさと風呂に入って寝るに限る。
 俺をダシにして、延々とイチャイチャしてるバカップルを放っといて、俺は風呂へと退散した。

「おっはよー、伊織。今夜は肉じゃががいいなー、俺」
 背後から抱き付かれて、一晩かかって復活した俺のペースは朝1番から乱されてしまった。
「ごきげんよう、河本クン。依頼の件は承知したから離れてくれないか・・・お前、重い・・・」
 頭に血が昇りそうになるのを精神力で押さえ込んで、冷静に受け流す。
「いやぁん。伊織ちゃんってば、つれないんだからぁ。亜南って呼んでって言ったじゃないー。アタシ達、もう他人じゃないんだからぁ」
 俺に貼り付いたまま、野太い声で言った亜南のセリフに、昇降口に居合わせた女のコ達が、黄色い悲鳴を上げた。
「バカ野郎っ! 誤解を招くようなセリフを吐くんじゃねぇっ! 気持ち悪いだろうがっ!」
 身体をクネクネさせている亜南を思い切り振り払って、俺は教室に向かった。