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「ねぇ。河本クンって、吉木クンとそういう関係なの?」
伊織に逃げられた俺に、さっき黄色い声を上げた女のコ達が、恐る恐るというより、興味津々といった表情で近づいてきた。
「えぇっ!? 今の会話を信じたのか? ヤだなぁ・・・冗談だよ。今、俺んち母ちゃんが入院中でさ、伊織がバイトでメシ作ってくれてるんだ」
「えーっ! 吉木クンってそんな特技があるのぉっ!? 信じられなーいっ! どうしてー!?」
女のコって、一人一人は可愛いんだけど、どうして団体になるとこんなにうるさいんだろ?
「まぁ、いろいろあってさ・・・話すと長くなるから言わないけど・・」
「ご飯なら、アタシが作りに行ってあげるわよ。もちろんタダでね」
「あーっ! 優美(ゆみ)ったらズルイっ! アタシだって、料理は得意なのよ」
「私だって、河本クンの家に行ってみたーい」
一人が言うと、そこにいた全員がキャーキャーさえずり始めた。
「ちょっと待ってくれよ。取り敢えず今日は伊織が来てくれることになってるから、明日からは順番を決めて、一人一人来てくれる?」
タダと言うなら、それにこしたことはない。可愛い女のコに来てもらう方が、亜里だって喜ぶに違いない。もちろん、俺だって・・・
ジャンケンを始めた女のコ達をほっといて、俺も教室に向かった。
クラブでしごかれて、フラフラになった俺を、肉じゃがのおいしそうな匂いが迎えてくれた。
「おかえりー兄ちゃん。早く早く。僕おなかペコペコだよー」
「ただいま、伊織。亜里」
「遅かったな。さっさと手を洗って着替えてこい」
「わかった」
伊織に向かって頷くと、腹の虫がグーっと盛大に鳴った。
「昨日も今日も亜南の好きなものにしたから、明日は亜里の食べたいものを作ってやる。何がいい?」
「ほんと? 僕ね、カニ玉がいいな」
「亜里は中華料理が好きなんだな。わかった、明日はカニ玉にしよう」
着替えてダイニングに降りたら、伊織と亜里がそんな会話をしているのが、耳に入った。
「ちょっと待ってくれ。明日からは女のコが来てくれるんだ・・・」
「兄ちゃん?」
亜里はキョトンとした顔で、俺を見た。
「た・・・タダで来てくれるって言うんだ・・・」
「そうか・・・・わかった」
伊織は表情を変えずに頷いただけだった。なのに、俺は何か悪いことをしたような気になっていた。
「何で!? 僕ヤだよ! 知らない人がウチに来るなんて! 絶対イヤだからね!」
「わがまま言うなっ、亜里」
「兄ちゃんのバカ! 大っ嫌いだ!」
「なんだとっ!?」
椅子を蹴倒して立ちあがった俺を、伊織の穏やかな声が諌めた。
「食事中だぞ。やめろ、行儀悪い」
「だって・・・・僕・・・イオ兄ちゃんの方がいいんだもん・・・」
亜里は半べそをかいている。
「ありがとな、亜里。カニ玉はきっと明日来る女のコが作ってくれるさ」
伊織は亜里の頭を撫でながら、微笑った。
「でも・・・」
「いつまでもゴチャゴチャ言ってんじゃねぇっ! 伊織、お代わり!」
横暴な亭主のようだとは思ったが、俺は伊織に茶碗を差し出した。
「あぁ・・」
それからは誰も何も言わずに黙々と食事をして、まるでお通夜のように重苦しい雰囲気が流れた。