衆人環視の中、到着した救急車に乗り込む時には、しっかり意識が戻っていた之は、恥ずかしさのあまり全身真っ赤になっていた。
(アイドルがオフで来てたんだって?)
(モデルだって聞いたけど・・)
(マネージャーの人もステキよね)
 事実と違うことが洩れ聞こえてきたことも、之を余計にいたたまれない気持ちにさせていた。
「史朗ちゃん・・・ごめ・・なさい・・・」
 一緒に救急車に乗り込んだ史朗に謝る之の瞳には、涙が浮かんでた。
「もういい。わかってるから泣くな」
 頭を優しく撫でられて、之の涙は止まらなくなった。

「ユキちゃんが売り出し前のアイドルかモデルで、近江くんがそのマネージャーだって、その話で持ちきりだったわ」
 之が救急車で運ばれた後の話を美春から聞いて、之も史朗も苦虫を噛み潰したような顔になった。
 入院するほどではなかったので、野口に病院まで車で迎えに来てもらって、そのまま帰ることになったのだが、史朗の隣にはしっかり里奈が陣取っていた。
「様子を見に行ったまま、なかなか戻ってこないから心配したのよ」
 媚びるように上目遣いに見つめて、史朗のひざの上に手を滑らせた里奈に、之のイライラは爆発寸前だった。
「ユキちゃん、大丈夫かい?」
 之の隣には金本が座っていて、見るからに不機嫌になっていく様子に、いろいろ気遣ってくれていたのだが、返事をするのも億劫だったので、気分が悪いフリで無視していた。
「それにしても人工呼吸とはいえ、とても絵になったんだってね」
「日焼け止めなんか塗ってないで、見に行けばよかったよね」
 美春と早苗は、自分達の世界で盛り上がっていた。
「えっ?」
『人工呼吸って・・?』
 驚いたように美春達の方を見た之に、早苗がにっこり笑った。
「呼吸が止まってたユキちゃんに、近江くんが人工呼吸したんだって。それも、マウス・トゥ・マウス。知らなかった?」
 知らなかった事実に、真っ赤になった之が目を見開いたままコクコク頷く様子に、早苗が堪えきれなくなったように抱き締めてきた。
「もぉ〜、ユキちゃんってばカワイ過ぎっ!」
「ファースト・キスだったんでしょ? この反応は絶対にそうよ。ね?」
 美春の突っ込みに、真っ赤だった之の顔は更に茹で上がったばかりのタコのように、湯気さえ立ち上りそうなくらい赤みを増した。
「いや〜ん♪ ステキ過ぎっ!」
 早苗は悲鳴を上げると、之を抱き締める腕に更に力を込めた。
「おいおい、あんなのをキスのカウントにしちゃ可哀想だろ。そんなことよりもいい加減にウチの可愛い従弟を解放してくれないかな。今にも泣き出しそうな顔してんだけど・・・」
 之の様子を見ていた史朗が助け舟を出した。
「あら、やだ。やり過ぎちゃった? 近江くんがアンアン泣かしてこそ絵になるのに、ごめんね。ユキちゃん」
 早苗はそう言うと、あっさりと之を解放してくれた。
「何バカなこと言ってんのよ。アンタ達腐女子の妄想に近江くんを巻き込まないでよね」
 里奈が真顔で早苗に文句を言ったために、早苗と美春が気色ばんだ。
「単なる冗談じゃないの。何をそんなにムキになってんだか」
「ホントホント。近江くんを巻き込んでるのは、思い込みの激しい誰かさんの方なのにね」
 容赦ないイヤミに、今度は里奈の顔色が変わった。
「どういうことよ! 言いたいことがあるならハッキリ言ったらどう?」
「あら、いいのかしら、近江くんの前では言われたくないと思うけど」
 売り言葉に買い言葉で、3人の間には激しい火花が飛び散ってるようで、之はどうしたらいいのかわからず、思わず史朗達男性陣の方を見た。
 史朗も金本も首を振るばかりで、野口は苦笑を浮かべながらも運転に専念していた。

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