よくよく話を聞くと、この3人の罵り合いはレクリエーションのようなもので、一日一度はこうやって言いたいことを言い合って、ストレスを発散させてるらしい。
とは言うものの、里奈が史朗を狙っているのは本当のことだそうで、相手にされてないのはわかった上で公言してはばからないんだとか。
「女の人ってよくわかんない・・・」
ポツリと之が感想を漏らすと、史朗は口唇の端を持ち上げただけのシニカルな笑みで応えた。
ファミレスで夕食を共にして、家に送り届けてもらった時には、10時を回っていた。
「今日はいろいろあって疲れただろ。先にシャワー浴びてこい」
史朗にそう言われて、之は大人しく従った。史朗がシャワーを浴びて出てきたら、之はリビングのソファに深く沈みこんで、しきりに指で口唇に触れていた。頬が赤いのはシャワーを浴びて上気した所為だけではないだろう。
「之、アイツらの言ったこと気にしてるのか?」
史朗が声をかけると、之は今にも泣きそうな表情で顔を上げた。
「だって・・・だって・・・せっかく史朗ちゃんにキスしてもらったのに・・・僕・・・全然知らなかったなんて・・・」
悔しそうに口唇を噛み締めて之は俯いた。
「だーから、あんなのはキスにカウントするなよな・・ファーストキスは好きな人とする方がいいだろ?」
「じゃあ・・・じゃあ、史朗ちゃんがキスしてよ」
真剣な顔で之に詰め寄られて、史朗は思わずたじろいだ。
「おい・・・本気か?」
「本気だよ。ずっとずっとずっと史朗ちゃんが好きだって言ってきたじゃないか・・」
「之・・落ち着け・・お前は今日いろんなことがあり過ぎて、ちょっと混乱してるだけだ」
史朗は焦って之の隣に腰掛けると、肩を叩いてなだめにかかった。
「僕は落ち着いてるよ。もう子ども扱いしないでよ」
之は史朗の膝に跨ると首筋にしがみついた。
「ねぇ、里奈さんが好きなの?」
史朗の肩に額を預けて、之は尋ねた。
「里奈のことは何とも思ってないって言ったろ」
小さい頃から何度もしたように、之の背中を優しくあやすように叩いてやる。
「なら、僕にキスしてよ。人工呼吸とはいえ一度したんだから、もう何度やっても一緒でしょ?」
「之・・・」
史朗が困っているのはわかっていたけれど、ここまできたら後には引けなかった。
「好きなんだもん・・・史朗ちゃんが・・大好きなんだもん・・・」
史朗の首にしがみつく腕に力を込めると、史朗は観念したように大きなため息をついた。
「全く・・言い出したらきかないとこは、子どもの頃から変わってないな・・・・」
史朗がそう言うと、之の身体が一瞬強張った。
「ほら、顔上げろよ。そんなにしがみついてちゃキスできないだろ?」
之がのろのろと上げた顔は今にも泣き出しそうだった。
「キス・・・してくれるの?」
「あぁ、お前のファーストキス貰ってやる。目、閉じろよ・・・」
史朗の言葉は魔法のように、之を思うままに操った。之が潤んだ瞳を瞼の裏に隠すと同時に、望んでいたものが与えられた。
「・・んっ・・」
一瞬だけ触れてすぐに離れていった史朗の口唇はひんやりと乾いた感触だった。
之が目を開けた途端涙が零れ落ち、喜びも大きくなり過ぎると涙に変換されるんだと思った。
「なんて反応するんだ、全く・・・中学生でもファーストキスでこんなに泣かないぞ・・・・」
嬉し涙が止まらない之の頭を自分の胸の中に抱き寄せながら、史朗はまんざらでもない笑みを浮かべていた。