「僕のこと嫌い?」
 之の叱られた仔犬のような表情に、史朗はため息をついた。
「好きだよ。でも、恋人を想うように好きな訳じゃない。従弟として好きなだけだ」
 史朗の言葉に、之は口唇を噛み締めた。
「恋人・・いるの?」
 そう言えば、史朗に恋人がいるのかどうか、今まで聞いたことがなかった。
「いないよ」
 史朗は即答したけど、なんとなく信じられないと思った。それが顔に出ていたのか、史朗は苦笑した。
「ホントだって。司法試験に合格するまで、そんなこと考えられないんだって」
「ウソじゃない?」
 まだ疑わしそうな目で見上げてくる之に、史朗は頷いた。
「恋人がいるなら夏休みにフルタイムでバイト入れる訳ないだろ。俺がどうして法律事務所でバイトしてると思うんだ? 少しでも司法試験に有利だからだろ」
 その言葉で、やっと之は安心した。
「お前だって受験生なんだから、俺のことでぐちゃぐちゃ悩んでないで、まずは合格することを考えろ。俺と同じガッコ受けるんだろ?」
 そうだった。史朗と同じ大学に一緒に通いたいなら、頑張らなきゃいけないんだった。
 之は気を引き締めた。

「なんだ。じゃあもオトナのキスは教えてもらえなかったんだ?」
 予備校の夏期講習から戻って、いつものように元気と茜に来てもらって昨日の経緯を話すと、元気は拍子抜けしたように口唇を尖らせた。
「だって従弟としてしか見てもらってないし・・・」
 之も口唇を尖らせた。
「あら、でも従弟としては好きだって言ってもらえたんでしょ。なら受験が終わってから、恋人に昇格できるように頑張ればいいじゃない」
 茜の言葉に、之はハッとしたように目を輝かせた。
「恋人に昇格・・・」
「今はユキも受験があるからそっちを優先させなきゃならないけど、晴れて史朗さんと同じ大学に入学できたら、恋人にしてもらえるチャンスはあると思うんだけど」
「あ・・あるかな・・?」
 疑わしさが拭えない様子で、之は首をかしげた。
「あら、だって触れるだけとはいえ、キスしてくれたんでしょ? フツー、従弟の願いだからって、そこまでしないわよ」
「茜ぇ・・」
 嬉しいような泣きたいような、複雑な表情になった之の頭を、茜は優しく抱き寄せた。
「大丈夫よ。ユキは可愛いもの。史朗さんだってほだされてくれるはず」
 元気の仏頂面を横目で見ながら、之は茜に懐いていた。

「最近、随分頑張ってるようだな」
 茜の言葉を励みに、勉強にも毎日の夕食の仕度にも全力投球している之に、史朗は感心したように言った。
「うん・・・だって、史朗ちゃんと同じ学校に行ける最後のチャンスなんだもん・・・」
「最後のチャンスって・・・」
今更ながら史朗は目を丸くした。
「僕と一緒に行くの・・・イヤ?」
 之が上目遣いで見る。史朗はその表情が審判を待ついたずらっ子のように見えて、思わず笑みを漏らした。
「お前、ホントに俺のことが好きなのな」
 之は大きく頷いた。
「物心つく前から、ずっとずっと好き」
 あんまり無条件に懐いているので、史朗はついイジワルしてみたくなった。

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