「俺に恋人ができたらどうするつもりだ? ましてや、結婚するとなったら・・」
「え・・・?」
 史朗に恋人にしてもらうために頑張ってきた之は、その言葉に顔色をなくした。
『史朗ちゃんの恋人にしてもらえない・・』
 そう思った途端、之は目の前が真っ暗になったような気がした。
「ゆっ・・之っ!?」
 之が無表情のまま見開いた瞳から、ただ涙を溢れされているので、史朗は驚いた。
「おい・・・冗談なんだから、そんなにマジに考えるなよ・・」
 涙で濡れた頬に手を伸ばしたが、触れる寸前に之は弾かれたようにきびすを返した。
「おい! 之っ!」
 逃げられる前に手首を掴んで引き寄せると、之はパニックを起こして暴れた。
「いやだぁっ!」
「之っ! 落ち着け」
 抱きすくめても、之は逃れようと身体をよじって泣き喚いた。
「俺が悪かった・・之・・・だからそんなに泣くな・・・」
 史朗の言葉が聞こえてないのか、之は首を振って泣き続けている。史朗は之のうなじに手を滑らせると、意味のない言葉を吐き続けている口唇を自分のそれで塞いだ。
「――――――っ!」
 大きく目を瞠って之は身体を硬直させた。
「落ち着け・・・之・・」
 一度口唇を離して、史朗は之をなだめるように囁いた。之は声も出ないのか、呆然としている。
 史朗は涙に濡れた之の口唇に引き寄せられるようにくちづけた。
 かすかに涙の味がする口唇を割って舌を侵入させると、之は身体を強張らせた。その初々しい反応に史朗は気をよくして、更にくちづけを深くした。
 舌先をノックするように突いてやると、怯えて奥に引っ込もうとする。それを許さずに追いかけて絡めとって吸い上げる。
何も知らない真っさらな之を翻弄していることで、史朗の征服欲は満足した。それはさながら新雪を踏み荒らす快感に似ていた。
 どれくらいの時間之の口唇を貪っていたのか、不意に之の身体から力が抜けたので、崩れ落ちないように抱き上げた。

 降りかかってきた事柄が許容範囲を超えていたのだろう、之は意識を手放していた。
 史朗はとりあえず之をソファに運んだ。
「参ったな・・・」
 自分でも、まさかここまでするとは思ってもみなかった。キスをしたのは、ショックで之の涙が止まればいいと思ってのことだったのに、気がつけば之の口唇を貪っていた。
 枯れている訳ではないけれど、今まではそんなに性欲を感じることはなかった。相手には不自由していなかったし。
 之の本気はわかっている。女じゃないから恋愛の対象にならないなんて拒絶するほどモラリストではないが、之はまだ17歳で、しかも血の繋がった従弟だ。手を出したりしたら、叔母に合わせる顔がなくなるだけじゃ済まない。
 目を閉じた之は幼さが際立って見える。まつげの先には涙の雫が光っていた。
「俺を犯罪者にしたいのか?」
 答えが返ってくるとは思わなかったが、史朗は之の寝顔に尋ねた。

 史朗の出した結論は、しばらく距離を置くというものだった。このまま一緒に暮らしていれば之の受験に差し障りが出ると思ったし、自分の理性がどこまで持つか保証できないと思ったからだが、そう思うこと自体、之にかなり情を移しているということに、そのときの史朗は気づいていなかった。

「あれ・・・?」
 目覚めた之は、そこが自分のベッドでなく、リビングのソファであることに気づいた。
「なんでこんなトコで寝てんだろ?」
 昨夜の出来事は之の記憶から欠落していた。
「ゲッ。こんな時間っ!」
 時計の針は8時を回っていた。慌てて飛び起きて洗顔もそこそこに服を着替えると、ディパックを背負って家を飛び出した。
 急いでいたからテーブルの上に史朗からの手紙があることに気づかなかった。

15