それから1週間後、之の両親は赴任地へと旅立った。二人で空港まで見送りに行った帰り、史朗は之に通告した。
「今日から家事は二人で分担だ。朝と昼は俺が作るから夕食はお前が作れ。掃除は1週間交代でいいな」
「えぇーっ! マジっ!? 料理なんてできないよ。僕」
之が抗議の声を上げた。顔には『信じられない』と大書されてるように不満がにじみ出ていた。
「あぁ。マジもマジ、大マジ。毎日カップ麺やコンビニ弁当ばかりだなんて、真っ平だからな、俺は。今まで家事を全部一人でやってくれてたママは、もういないんだから、俺達でやるしかないだろう」
事実を告げられると、之は口唇を噛んで黙り込んだ。
「料理なんていくらでも本が出てるじゃないか。初心者向けのやつでも買ってがんばるんだな」
突き放したように言うと、之は悔しそうに睨みつけた。
「まぁ、最初のうちは手伝ってやってもいいけどな」
ちょっと優しく言ってやると、途端にホッとしたように表情が緩んだ。小さな頃から史朗はこうやって飴と鞭を使い分けて、之を思うように扱ってきたのだった。
「帰りに買い物して行こうか。今晩は簡単なところでカレーライスなんてどうだ?」
黙り込んでしまった之に声をかけると、上目使いで見上げてくる。不安げな之の表情は庇護欲をそそる。
「・・・ほんとに手伝ってくれる?」
「あぁ、俺だって不味いものは食いたくないからな。ちゃんと一人でできるようになるまで、仕込んでやるさ」
「頑張るから・・・」
「ん?」
之の顔を覗き込むと、こころなしか頬を染めている。
「ちゃんとできるようになるから・・・だから、ずっと一緒にいてよね」
縋るような瞳で、まるでプロポーズのようなセリフを言われると、相手は同じ性別で、しかも血のつながりのある従弟だというのに、史朗の心はざわざわと揺れた。
「お前がお利口にしてるならな」
ぶっきらぼうに返事する史朗に之は黙って頷いた。
之は小さい頃から史朗のことを『大好き』だと言ってはばからず、暇さえあればずっとべったり付き纏い、親戚一同から『之ちゃんが女のコだったら史朗と結婚できたのに残念ね』などと、言われ続けてきた。
17歳になった今でも、冷たくて優しい史朗の一挙手一投足にドキドキときめいて、言葉をかけられると天にも昇るほど嬉しい。
そんな之の気持ちは、幼稚園の頃からの親友の元気と茜だけが知っている。
いつも史朗と一緒にいたいという、単なる子どもの独占欲のような気持ちが『恋』というのだと教えてくれたのは、おませな茜だった。
「パパの転勤で、史朗ちゃんと二人っきりで一緒に暮らせることになったんだ」
1学期の終業式の日。頬を染めて報告した之に、茜は我がことのように喜んでくれた。
「よかったじゃない。ユキ。この夏休みが勝負よ。夜這いでも何でもいいから、絶対に跨っちゃいなさい!」
「あ・・茜・・・?」
幼馴染の過激発言に、首筋まで真っ赤になった之の頭を元気が抱き込んだ。
「純情可憐なユキにそんなマネできる訳ねぇだろ。お前じゃあるまいし」
元気のその言葉に、茜は之以上に真っ赤になって怒った。
「あたしがいつアンタに跨ったってのよ!? イヤだって言っても、いつだって圧し掛かってくるのはケダモノのアンタの方でしょ、元気」
茜の言葉を正しく理解した之は、目を見開いてフリーズしてしまった。
「こ・・高校生の間は清く正しくお付き合いした方が良くない? 二人とも・・・・」
今時の高校生のくせに、やけに古めかしいことを言った之は、顔を見合わせた茜と元気に大笑いされた。
「史朗さんってハタチ過ぎてんだろ? 大人相手にプラトニックラブが通用するとでも思ってんのか? ただでさえ男同士ってリスク背負ってるのに・・・」
尊敬するイチローを真似て、産毛の変化みたいなヒゲを伸ばし始めた元気の正しい指摘に、之は史朗と一緒に暮らせる喜びが半減したように感じられて悲しくなった。
「とは言え、ユキが夜這いかけて史朗さんに跨るなんて芸当は逆立ちしてもできっこないんだから、史朗さんの方からユキに圧し掛かりたくなるように持っていけばいいってことだろ?」
元気は何でもないことのように言ったけど、普通の男は男に圧し掛かりたいとは思わない、と之は思った。