『新婚さんみたいだ・・』
 並んでカートを押しながら、之はふとそう思った。淡々とカレーライスの材料をカゴに放り込んでいく史朗の横顔を見上げて、之は頬を染めた。
「チョコボールもいるだろ?」
 不意にそう訊かれて、反射的に之は頷いた。
「やっぱ、まだ好きなんだな」
 史朗にぷっと吹き出されて、今度は別の意味で之は真っ赤になった。
 昔々、まだ之が幼稚園の頃、当たりマークを貯めて送るともれなくもらえる「おもちゃのカンヅメ」が欲しくて、チョコボールを大量買いさせたことがあったのだ。
「そんな昔のこと、いつまでも覚えてないでよ・・・」
 之は恨めしそうに頬を膨らませた。
 そんな表情がガキなんだと思いながらも、史朗はチョコボールを5つほどカゴに放り込んだ。

『やっぱり新婚さんみたいだ・・・』
 史朗についてカレーライス作りを開始した之は、ピーラーでジャガイモとにんじんの皮を剥きながら、そう思った。
「剥けたか? じゃあ、適当な大きさに切ってこのザルに入れる」
 史朗は指示を出して、横に立って見ているだけだった。
「適当ってどれくらい?」
 曖昧な指示しかくれないので訊くと、史朗は目を丸くした。
「おいおい・・そんなことまで言わなきゃならないほどバカだったか? ママのカレーライス食ったことあるんだから、それと同じくらいに切ればいいだろ?」
「わ・・・わかってるよ、それくらい! でも、どこからどうやって切ったらあんな形になるのかわからないんだもん!」
 バカと言われて、悔しそうに口唇を噛み締めて上目づかいに史朗を見上げる之の頬は、上気して朱に染まっていた。
『相変わらずだな・・・』
 史朗は見本に一つ切って見せてやった。



 ワガママ放題に甘やかされて育った之は、小学校に上がった当時、ハッキリ言って成績は全くヨロシクなかった。
 盆に親戚一同が法事で集まった時に、そのことを聞いた当時4年生の史朗は、慕って付き纏ってくる之に、残酷にも言い放ったのだった。
「勉強できないバカな子はキライだ」
 すると之はみるみるうちに大きな目から涙を溢れさせて、史朗に取りすがった。
「お勉強するからっ! 賢くなるから、キライって言っちゃヤだぁっ!」
 史朗の脚にしがみついてワンワン泣く之に、史朗は優しく提案した。
「夏休みの宿題持って来てるなら、僕と一緒にやろうか?」
「うん、やるっ!」
 今鳴いたカラスがもう笑ったって感じで、元気を取り戻した之は、宿題が入ったカバンを持ってきた。
「こんなにカッコいい筆箱や下敷きを買ってもらったんだから、ちゃんと勉強しなきゃダメだろ? 鉛筆も消しゴムも泣いてるぞ」
 当時流行ってたドラゴンボールの絵柄の学用品を羨ましく思いながら、史朗は根気強く優しく教えてやった。
 正月の集まりでは、格段に之の成績が上がったとかで、史朗は之の両親から破格のお年玉を貰ったのだった。



「具が煮える間に簡単なサラダを作る」
 史朗から次の指示が出た。
「か・・・簡単なサラダって言われても・・・」
 家庭科の調理実習の時間でさえ、之は試食専門でやってきたのに、そんな曖昧な指示だけでは、何をどうしていいのやら、之は途方に暮れた。

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