(きっとこれは悪い夢なんだ・・・)
史朗がグレーのタキシードを着ている。胸の華やかなカサブランカのブートニアがカッコいい史朗を一層引き立てている。
隣に寄り添うのは真っ白でシンプルなデザインのドレスに身を包んだ早苗だ。史朗のブートニアと同じカサブランカのブライダルブーケを手にしているので、二人は結婚するのだろう。
(僕にあんなキスしたくせに・・・)
「史朗ちゃんのバカ・・・」
目を開けると見慣れた天井がぼやけて見えて、やっぱり夢だったんだと思った。
「まだ涙出るんだな・・・」
涙が枯れるまで泣いたと思ったのに、今も史朗が結婚する夢を見ただけで、こんなにも涙が溢れてくる。
もう目を開けているのもツライ。
「助けて・・・しろ・・ちゃん・・・」
自分の吐く息がやたら熱い。完璧に風邪を引いたのだろう。相変わらず頭が割れるように痛むし、なんとなく息苦しい。
ベッドからずり落ちるように這い出て、脱衣所に脱ぎ捨てたジーンズのポケットから携帯を探し出してるうちに、意識が朦朧としてきてそのままブラックアウトしてしまった。
史朗は野口のアパートに転がり込んでいた。事情を全て話すと理解ある友人は、偏見を持たずに受け入れてくれたのだった。
「引く手あまたで選びたい放題だったお前が従弟に転ぶとはねぇ・・」
呆れるでもなく、純粋な感想として野口は口にした。
「違う。転びたくねぇからこうしてお前に泣きついたんじゃないか」
史朗は憮然として言った。
「いやいや、逃げ出してきた時点で転んでるさ」
断言されて、史朗は苦虫を噛み潰したような顔になった。
「金本に偉そうに言っておきながらザマァないな・・」
史朗は自嘲気味にそう言って大きなため息をついた。
「俺はお前にいつまでいてもらっても構わないけど、あのコをいつまで一人でほっておくつもりだ?」
野口の表情は史朗の煮え切らない態度を責めているようだった。
「とりあえず、明日には帰るさ・・・・1週間経ったしな・・・」
「案ずるより産むが易し」
「あぁ?」
「俺が言えるのは、その一言だけだ」
「案ずるより産むが易し・・案ずるより産むが易し・・・」
史朗は野口が言った、よく言われるそのことわざを呪文のように唱えた。
「一人で考えたいって言うから好きにさせてきたけど、どうなってるのかの報告もないなんて、絶対変よ。電話にも出てくれないなんて・・」
茜の言葉に元気も頷いた。
「ちょっと行ってみるか・・」
呼び鈴を押しても返事がない。
「いないのかしら?」
「ちょっとケータイにかけてみろよ。俺は裏の方を見てくるから」
元気が裏庭に駆け出していくのを見送ってから茜は之の携帯に電話をかけた。
「ユキ・・一体どこにいるのよ・・」
何度かけても留守番サービスにつながる電話に、茜はため息をついた。
「鳴ってる! 中で鳴ってるのが聞こえた。いるんだ。ユキ」
裏庭から元気が叫びながら戻ってきた。
「ウソ。それマジ?」
「マジ・・・きっとユキに何かあったんだ」
「どうしよう・・元気・・」
「ユキ! いるんだろ、ユキ!」
鍵がかかって開かないドアを叩いて、元気は呼びかけた。
「ユキ! 開けて!」
茜も一緒になって呼び続けた。