元気と茜が帰ってから、史朗はベッドサイドのパイプ椅子に座って、之の寝顔を見つめながら考えていた。
酸素マスクをつけられているのでよく見えないけど、1週間会わなかった間に随分痩せたようだ。
いつもなら少年らしくはちきれそうなほどみずみずしい頬がこけて、シャープなラインを描いていた。閉じられたまぶたは透けるように青白い。
「之・・・」
手を伸ばして額に触れると、之はゆっくりと目を開けた。
「やっと気づいたか・・あんまり心配かけるなよ。心臓が止まるかと思ったぞ、俺は・・」
之はまだ意識がはっきりしないのか、ぼんやりと史朗を見ていた。
「ウソついてて悪かった。でも、もう逃げたりしないでちゃんと考えるから、もう少し時間くれないか」
目覚めたばかりの之がちゃんと理解しているかわからないけど、史朗は自分へのけじめとして言った。
さっき答えられなかった茜の質問にちゃんと答えを出そうと、之の寝顔を見ながら史朗は決心したのだった。
「之・・?」
意識が戻ったはずなのに、之は何のリアクションも示さない。
「どうした? 苦しいのか?」
呼びかけても、之はただ黙って史朗の方に顔を向けているだけだった。
「あ、もしかして自分の置かれてる状況がわかってないのか? お前は脱水症状に肺炎を併発しかかってて倒れてるとこを発見されて、ここに運び込まれたんだ」
史朗の説明には之は頷くでもなく、ただじっと史朗を見ているだけだった。
「之・・・俺がウソついたこと怒ってるのか?」
何を言っても之からは何のリアクションも返ってこない。流石に様子がヘンだと、史朗はナースコールのボタンを押した。
「精神的にショックなことがあって、心を閉ざしてる状態ですかね・・・」
医者の言葉に、史朗はめまいが起きそうになった。
次の日の朝。之が口をきかなくなったと史朗が連絡すると、元気と茜は慌てて病院に駆けつけた。
「史朗さん。ユキの具合は?」
茜が訊くと、史朗は黙って首を振った。
「意識は戻ったんだけど・・・全くしゃべらないんだ」
「先生は何て?」
元気が訊くと史朗は目を伏せた。
「何か精神的にショックなことがあって、心を閉ざしてるんじゃないかって・・」
一晩経って呼吸も安定してきたので、之の酸素マスクは外されている。眠る之の顔色は大分良くなっていたが、こけた頬のラインがなんだか痛々しくて、茜は泣き出しそうになった。
「ユキは・・自分一人で考えたいって言ったんです・・・」
一体何が之をここまで追い詰めたのか、多分原因は史朗にあるのだろうが、本当のところは之が口を閉ざしてるので3人にはわからなかった。
「俺は・・・時間が欲しかったんだ・・・之の本気はわかってたけど、血の繋がった従弟で、未成年で・・・カワイイとは思うけど、そういう意味で愛することは俺にはできないと思ったから・・」
「史朗さん・・・」
自分達より年長とはいえ、史朗はまだ世間では「青二才」と言われるような年齢なのだから、混乱して逃げ出したくなる気持ちは、元気にも茜にも理解できた。
「でも史朗さんったら全部過去形で言ったとこみたら、もう決心ついたんですね?」
茜に言い当てられて、史朗は赤面した。
「まいったな・・・茜ちゃんはまるで母親みたいに、なんでもわかっちゃうんだな・・・」
「だって、あんなに可愛いユキに無防備に慕われて、よろめかないオトコはいないでしょ」
ウインクする茜に、適わないと、史朗は両手を上げて降参した。
「でも、ユキがこんな状態になって・・・どうするつもりなんです?」
之が回復するのかどうか先行き真っ暗なだけに、元気の指摘に史朗は途方に暮れた。