「一番簡単なハネムーンサラダくらいならできるだろう?」
「ハ・・・ハネムーンサラダ?」
今日は一日ずっと「新婚」みたいだと思ってたのがバレてたのかと、之は顔に血が上るのを感じた。
「二人きりにしてって英語、Let us alone.を続けて言ってみな。Lettuce alone.になるだろ。要するにレタスのみのサラダのことさ」
「へ・・・へぇ・・・そうなんだ?」
意外な答えに之は拍子抜けした。
「とは言え、レタスだけのサラダなんてごめんだから、もう少しアレンジしてみようか」
結局史朗の指導の下、之はレタスときゅうりの薄切り・・・厚さは不揃いだったけど、プチトマトとコーンを散らしたグリーンサラダをなんとか作りあげたのだった。
「史朗ちゃん・・・おいしい?」
テーブルで向かい合って、できあがったカレーライスを食べている史朗の様子を伺いながら、之はおそるおそる訊ねた。
「初めて作ったんだから、こんなもんだろ」
おいしいとも不味いとも言わずに、史朗は黙々と食べている。
「こ・・こんなもんって、不味いの?」
涙目で訊く之に、史朗はフッと笑った。
「初めて作った割には美味いよ。まぁ、俺がつきっきりで教えてやったんだから当然だけどな」
史朗のシニカルな笑みに、之は安心したようにホッと息をついた。
後片付けも二人でして、シャワーは先に浴びさせてもらって、リビングでテレビを見ていると、バスルームから出てきた史朗が頭を拭きながら言った。
「俺は明日からバイト再開するから。お前も夏期講習とかあるんだろ?」
「うん・・・明後日から・・・」
「そっか。で、どうなんだ? 本当にウチに来るのか?」
之の志望校は当然史朗の通う大学だ。
「今のところA判定だけど・・・」
小学校1年の時に、史朗に『バカな子はキライだ』と言われて以来、死に物狂いで猛勉強してきたおかげで、之の成績はトップクラスを維持している。
史朗は史朗で、之に言った一言に縛られて、自分がバカでは示しがつかないので、それなりに勉強したおかげで、国立大学にストレートで合格した。
「夏休み中はフルタイムでバイト入れてるから、明日からの夕飯は一人で作るんだぞ」
頭を撫でられて、之は引きつったような笑顔を浮かべた。
「そんな・・無理だよ・・・・」
「茜、助けてっ!」
『ユキ? どうしたの? 何かあったの?』
史朗が約束どおり朝食と之の昼食を用意してからバイトに出かけた後、昼近くになって起きだしてきた之は、テーブルの上に置かれたメモを読んで茜にSOSを出した。
「晩御飯の作り方教えてっ! お願いっ!」
[晩メシが出前や冷凍食品だったら、俺は出て行くからな]
「うわ・・史朗さんってば、キビシー」
之の泣き声での電話に慌てて飛んできた茜と元気は、史朗のメモを見て吹き出した。
「朝の弱いユキの為に、史朗さんが朝と昼は作って、ユキは夕飯の仕度をする決まりなのね」
事情を理解した茜は、コギャル風な外見を裏切って、料理は上手だ。小学生の時に両親が離婚して以来、母親が女手ひとつで育ててくれたのだが、仕事をする母親に代わって家事を一手に引き受けてきたのだった。
「だからって、毎日茜に頼る訳にはいかないんだから、取り敢えず本でも買ってきてやってみろよ。そのうちに慣れてできるようになるさ」
元気の提案はもっともで、早速とばかりに3人で連れ立って本屋に出かけた。