「化学の実験みたいなもんだな・・・」
新妻向きの初心者でもできる料理の本のレシピを眺めていた之は、そう感想を漏らした。
「実験?」
隣で同じように料理の本をパラパラやってた元気が、料理と化学の実験が結びつかなくて、変な顔をした。
「だって、材料や調味料の分量をキッチリ量って、何を何分どうこうしろって、実験と同じじゃん」
「ユキらしい考え方するわね。じゃあ、問題は料理用語や材料の切り方だけね」
「うん・・」
実際に包丁などほとんど持ったことのない之にとって、みじん切りや短冊切りなどと書かれていても、暗号みたいにちんぷんかんぷんだった。
「じゃあ、おかず全集だけじゃなくて、コレも買っていけばいいよ」
茜が手に持っていた本には、料理の基礎やらいろんな切り方が載っていて、入門書としてはわかりやすそうなものだった。
「うん、任せる・・・・」
同級生ながら、之にとって茜は面倒見のいい姉のような存在だった。
元気は初めて会ったときから茜のことが好きだったらしい。いつも茜が頼りない之の世話ばかりするので、最初の頃は焼き餅を焼いては之のことをいじめたりもしたが、そのうちに之の世話をすることで茜と一緒にいられることに気づいてから、現在のような関係に落ち着いた。
「昨日がカレーライスだったなら、今日は和食がいいわね」
本を買ってから、食材の調達をするためにスーパーに寄った。
「うん・・・何がいいかな・・?」
「ナスが安いぞ。ナスにしろ」
買い物に付き合うのにそろそろ退屈しだした元気は、適当なことを言う。
「そうね。焼きナスなんか簡単でいいかもね」
茜は特売のナスをカゴに入れた。
「太刀魚なんか旬だから、簡単に塩焼きにしてもいいかも・・・」
茜は初心者の之に、簡単にできそうなメニューを考えてくれているようだ。こうなったら全てを茜に任せておけば大丈夫だと、之は安心した。
「茜ぇ、ビールとかもいるだろ?」
「そうね。ビール買うなら肴になるような1品追加しなきゃね」
まるで元気と茜が新婚みたいに買い物をしてるので、之はプッと吹き出した。
「近い将来のビジョンが見えた」
之の言葉に一瞬キョトンとした二人は、意味を理解すると顔を見合わせて、ゆでだこのように真っ赤になった。
「い・・・いきなり、何言い出すんだよ!? ユキ」
「そんな生意気言うなら、もう面倒見てあげないわよ」
茜は真っ赤な顔で怒っているが、なんとなく嬉しそうに見えた。
「どうしてさ。将来結婚するんじゃないの?」
之が訊くと、元気は今までに見たこともないくらい照れていた。
「そりゃ、そのつもりでプロポーズしてるけどさ・・・」
「もうっ! こんなトコでそんな話しないでよ。二人とも! さっさと買い物済ませて行くわよっ!」
茜も照れているのか、二人に背を向けると、カートを押してズンズン行ってしまった。
「元気が茜の尻の下に敷かれるビジョンが見えた・・・」
「・・・やっぱ、そう思う?」
元気も自覚があるのか、ガックリと肩を落とした。
「惚れた方が負けだよなぁ・・・」
元気のつぶやきに、之は自分も史朗に対してそうだと思い至って、ため息をついた。
「元気はいいよ・・結婚しようと思ったら、できるんだもん・・・ 僕なんか・・・」
「ユキ・・・」
元気がどうフォローしていいのか、困惑していると、茜が呼ぶ声が聞こえた。
「元気、ユキ、何やってんのよ。早く!」
「茜を怒らせたら晩メシにありつけなくなるぜ。行こう」
元気は救われた思いで、落ち込んでしまった之の手を取ると、茜が待つ方へ走り出した。