茜の指導の元、準備万端整った。ビールもちゃんと冷やしてある。後は史朗が戻って来てから手を加えたらいいだけになっている。
「ありがとう。助かったよ、茜。元気もつき合わせて悪かった。明日からは本を見て一人で頑張ってみるから・・・」
ワガママ大王な之だけど、世話係の元気と茜に対しては、頭が上がらないのがわかっているので素直だった。
「これくらいどうってことないわよ。困ったことがあったら、いつでも来てあげるからね」
まるで小さな子どもにするように頭を撫でられたけど、之はおとなしく茜のしたいようにさせていた。
「こんなにカワイイのに懐かれてるのに、史朗さんどうしてクラクラこないのかしら?」
茜は自分よりも大きなぬいぐるみでも抱き締めるかのように、之の頭を胸に抱えた。
「カワイイったってユキは男だしな・・・それに生まれた時から知ってるだけに、子ども扱いしかしてもらえないのも無理ないんじゃないか?」
「元気のバカ! ホントにデリカシーの欠片もないんだから!」
茜に怒鳴られて元気が首をすくめる。
「だって、史朗さんってモテそうじゃんかよ。頭もイイ、顔もイイって男がフリーだなんて、ぜってーありえねーってば」
元気の指摘はいちいち尤もで、之は改めて地獄の底まで落ち込んだ。
史朗がバイトから戻ってきたのは7時前だった。
「・・おかえりなさい・・」
「どうした? 之・・・何かあったのか?」
いつもなら、史朗の顔を見るなり飛びついてきてじゃれる之が、暗い顔をしているので、少し不審に思った。
「慣れないことをさせたから、知恵熱でも出したか?」
史朗は笑いながら之の額に手を伸ばした。
「なっ・・なんでもないからっ!」
之は史朗の手を払いのけて、後ずさった。
「之・・?」
「ご・・・ご飯とお風呂とどっちを先にする?」
真っ赤になった之が、新妻のようなセリフを口にしたとき、史朗の携帯が鳴った。
「あ、悪い。ちょっと待ってな」
史朗はそう言うと、之に背を向けて携帯を開いた。
「はい・・・あぁ・・・海? 3日? あ、ダメダメ、俺バイトしてるし・・・」
友達からの誘いのようだ。
「・・・俺は客寄せパンダかよ。え? 里奈?誰が来ようがダメなもんはダメだって・・・バイトだって言ってるだろ」
女性の名前が聞こえて、之の顔が引きつった。
「今、犬預かってんだよ・・・泊りがけなんて無理だっての・・・」
「い・・・犬?」
史朗の言葉に之は思わず声を上げた。
「あぁ・・・日帰りならまだ何とかなるかもしれないけどな・・・図体はデカイけどまだ仔犬だからペットホテルになんて預けられないんだよ・・・」
「ず・・図体がデカイ仔犬って・・もしかしなくても僕のこと・・だよね・・・」
子ども扱いしかされていないとは思っていたけど、実際は犬畜生としか思われてなかったと知って、之は地獄を通り越して地球の裏側まで落ち込んだ。
「そんなの俺の知ったことか! 人の都合も聞かずに勝手なこと約束してんじゃねぇよ! とにかく、俺にはそんなヒマないからな!」
史朗はそう言うと通話を断ち切った。
「之、待たせたな。先にメシにしてくれるか」
振り返った史朗は笑顔だったが、之は複雑な思いで頷いた。