「ぎゃはははは! 仔犬! まんまじゃん!」
結局、今日も予備校が終わってから、元気と茜にSOSを出すハメになった之は、昨日の出来事の一部始終を愚痴ったのだが、元気に大笑いされた。
「どういうことだよ! 僕にケンカ売ってるの? 元気」
涙を流して大笑いしている元気に、ムッときた之は睨み付けたけれど、元気の笑いは治まるどころか、さらに激しさを増した。
「ひっーっひっひっ! 別にケンカ売ってる訳じゃないけどさ。ぎゃははははは! ユキは史朗さんにかまってもらいたくて、千切れんばかりに尻尾振りまくってるじゃんか。図体はデカイけど仔犬以外の何モノでもないって、ソレ」
元気のあまりの言い草に、之は怒りを通り越して情けなくなった。
「ユキ・・史朗さんはユキをバカにして仔犬って言ったんじゃないと思うわよ」
流石に気の毒になったのか、茜がフォローしてくれたけど、焼け石に水にもならなかった。之は涙目で口唇をかみ締めている。
「あぁもぅっ! そんなカワイイ顔するんじゃないの。ユキったら」
茜は涙ぐむ之の頭を胸に抱え込むように抱き締めた。
「だって、元気がいじわる言うんだもん・・・茜ぇ・・・おしおきしてやって・・・」
幼子のように茜の胸に顔を埋めて、之が甘えるので、元気の笑いは治まり、苦虫を噛み潰したような顔になった。
「おい、ユキ。茜は俺のモンだぞ。懐いてないでさっさと離れろ」
「茜ぇ、嫉妬深い狭量なオトコとは、さっさと別れた方がいいんじゃない?」
茜に抱かれたまま、之は元気に向かってアッカンベーをした。元気も負けずにイーッと歯をむき出しにした。
「よしよし、悪い元気兄ちゃんにはちゃんとおしおきしておくから、機嫌直しなさい」
茜に頭を撫でられて、少しだけ之は浮上してきた。
「史朗さんは、ユキが仔犬みたいにカワイイってことを言いたかったんだと思うわ。こんなに無邪気に懐かれてるのに、カワイイと思わない訳ないでしょ」
「そ・・・そうかな・・・・」
半信半疑で之は首をかしげた。
「そうよ。そんなことでくよくよ悩んでないで。史朗さんのために今日もおいしいご飯を用意したいんでしょ」
「う・・うん・・」
「なら、ぐずぐずしてないで、さっさと支度する」
茜に促されて、之はエプロンをつけた。
「今度の土曜日なんだけど、俺、友達と出かけるから・・・」
茜の仕込みが上手い所為で、之の技術は短期間で驚くべき成長を見せている。今夜の料理も会心の出来となったが、史朗の今の一言で之はがっくりと落ち込んだ。
「それって、この間の電話の人達と?」
「あ? あぁ・・・そうだけど、日帰りだし、宴会にもなると思うから、夕食の用意はしなくてもいいぞ」
「り・・・里奈って人も来るの?」
「里奈? あぁ、ソイツが言い出しっぺらしいからな」
恐る恐る訊いてみると案の定な答えが返ってきて、之はますますへこんでしまった。
「その・・里奈さんって、史朗ちゃんのこ・・・恋人?」
「まさか! 俺にだって選ぶ権利ぐらいあるさ」
之の不安を一笑に付して、史朗は「おかわり」と茶碗を差し出した。
「でも、俺のこと狙ってるらしいけどな」
その一言で浮上しかけた之の気持ちは、フリーフォール状態で急降下した。