「大好きな従兄のお兄さんを取られて、悔しいって顔してるね」
 パラソルの下で憮然として、史朗にまとわりついている里奈を眺めていた之は、目の前に差し出された紙コップに顔を上げた。
「金本さん・・・」
「なりふりかまわず必死なところがわかりやすくてカワイイんだけどね。空気を読んで欲しいよね」
 コーラを一口飲むと、意外に喉がかわいてたことに気づいて、そのまま一気に飲み干した。
「ねぇ、誰か付き合ってる人いるの?」
 金本に訊かれて、之は首を振った。
「受験生だし・・・」
「じゃあ、俺と付き合ってみない?」
「えっ・・・?」
 驚いて顔を上げると、愛嬌のあるタレ気味の目が優しく之を見つめていた。
「俺なら君にそんな顔させない自信あるけどな」
「金本さん・・冗談でしょ?」
「いやいや、いたって本気よ。一目惚れしたって言ったら信じてくれる?」
「僕、オトコだけど・・・・」
「あ、俺気にしないヒトだから」
 金本は呆然とする之の手を取ると、真剣な顔で言った。
「お試しからでいいから、俺の恋人になってくれない?」
 史朗以外の誰ともそんな気になれない之だったけど、真剣に口説かれて少し心が揺れたのは、開放的な夏の日差しの所為だったのかもしれない。
「あの・・僕・・・・」
「今まで誰ともつきあったことがない?」
 之が頷くと、金本は嬉しそうに笑った。
「信じられないな・・・君のようなキレイなコが今まで手付かずだったなんて・・・」
 それもそのはず、自分よりきれいな之に交際を申し込もうとする女は皆無だったし、之に懸想していた不届きな輩は、元気と茜によってことごとく粉砕されてきたのだから。
「あの・・・美春さんと早苗さんは?」
 之は話を逸らせるために、二人のことを持ち出した。里奈は史朗に貼りついているから論外として、後の二人は野口と金本の恋人だと思っていたから。
「んー。野口と付き合ってるのかどうか知らないけど、俺はあのコらを単なる野口の後輩としか思ってないし、向こうも俺を恋愛の対象としては思ってないんじゃないかな。なんかアブナイ趣味があるみたいだし」
「そ・・そうなんですか・・・」
「ね。だから俺とお付き合いしてみない? 受験の邪魔になるようなことはしないからさ」
 再び話を元に戻されて之が困惑していると、史朗がこちらに向かって走ってくるのが見えた。
「俺の大事な従弟を口説くんじゃねぇっ! この節操なし!」
 金本の頭を拳で殴って、史朗は叫んだ。
「お前も大人しく口説かれてんじゃねぇよっ!」
「し・・史朗ちゃん・・・」
 自分のことを『俺の大事な』と言った史朗の言葉が頭の中をぐるぐる回っている。之は嬉しくて涙が溢れそうになった。
「お前が誰を口説いても俺には関係ないけど、之だけはやめてくれ。叔母に合わせる顔がなくなっちまう・・・って、之?」
 名前を呼ばれて顔を上げると、史朗が困惑したような表情でこっちを見ていた。
「何で笑いながら泣いてんだ?」
「え?」
 史朗が之の頬に手を伸ばして、涙を拭った。
「キャー!」
 いつの間にか、側に来ていた美春と早苗が手を取り合って悲鳴を上げた。
「なんて、おいしいの!」
「身近にこんなネタが転がってるなんて!」
 二人は意味不明なことを口々に叫んでは、キャーキャー言っている。之は驚いて涙が止まった。
「金本と付き合いたいのか?」
 史朗に見当違いのことを訊かれて、之はブンブンと首を振った。
「そんなに力強く否定しないでよ。傷つくなぁ」
 言葉の割りに笑顔の金本は、おどけたように肩をすくめた。
「こんなに強力な保護者がいるなら仕方ない。今回は黙って引き下がるよ」
「やーん。金本くんってイイ人ぉ。ますますおいしいかもー」
「美春ちゃん。オトコに「イイ人」は褒め言葉じゃないんだけどな」
 金本はシニカルに笑った。

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