「疲れた・・・」
ここのとこ会社に泊り込みの日々が続いていた。それも、やっと今日で終わりだ。
一体、何日アパートに戻っていないのか、今日が何日で何曜日なのかさえわからなくなっていたが、やっと仕事が一段落したので、明日明後日と連休をもぎ取った。
取り敢えず、部屋に戻ったら風呂に入ってビールで1杯やって、あとは目が腐るまで寝てやる。
重い足を引きずって戻ってくると、俺の部屋に灯りがともっていた。
誰がいるのかは見なくてもわかる。この部屋の鍵を持っているのは、俺の他に健悟しかいないのだから。
「おかえり・・和夏・・・」
「何の用だ?」
俺の素っ気ない言葉に健悟は眉を寄せたが、ついこんな態度をとってしまっても仕方ないだろう。俺達は終わっているのだから。
「話があるんだ・・・」
いつになく真剣な表情の健悟に、話をするまでは帰ってくれないだろうと、俺は疲れていたが頷いた。
「痩せたな・・和夏・・・」
俺にそう言う健悟も、なんとなく頬がこけて精悍さが増しているようだ。
「ここんとこずっと泊まりが続いてたからだろう。疲れてんだ。手短に頼む」
健悟が持ってきたのか、やけに中身が増えている冷蔵庫から缶ビールを2本出して、1本を健悟に差し出しながら俺は言った。
「知ってる。ずっと待ってたのにお前は戻ってこなかったからな」
健悟の言葉に俺は驚いた。
「ずっと、って・・・?」
「3日ほど前から、毎日仕事が終わってから来てたんだ」
「な・・・なんで・・?」
想いもよらない言葉に、俺は動揺した。
「和夏が何か勘違いしてるようだから、俺の話・・・俺の気持ちを聞いてもらいたかったんだ・・」
健悟は一体何を言いたいんだろう。一方的に別れを告げたことの恨みつらみなのかと思うと、俺は胸をギュッと鷲づかみにされるような痛みを感じた。
「健悟の気持ちって・・?」
俺の声は上ずっていたかもしれない。胸の鼓動が早くなっていく。気がついたら健悟の胸の中に抱き締められていた。
「愛してる。和夏・・・・俺はお前を愛してるんだ・・別れるなんて言わないでくれ」
「――――――っ!?」
俺は声にならない悲鳴を上げた。
腕の中で和夏の身体が硬直した。初めてキスしたときのようにかすかに震えている。俺はあのときの気持ちを思い出して勇気を奮い立たせた。
「いつも連絡を取るのは俺からだった。でも、一度くらいは和夏からも俺を求めて欲しいと思って・・・忙しいのを言い訳に少し距離を置いてみたんだ・・・」
「健悟・・」
「でも、待っても待っても、お前からさっぱり連絡はないし、もう愛されてないんじゃないかと不安になったけど、意地になってお前から連絡があるまではと待ち続けたんだ・・・」
俺がぽつぽつ話し出すと、和夏の震えは段々治まってきた。
「でも、それが俺達の関係を自然消滅させようとしてると思われるなんて、全く想像もしてなかった・・」
「健悟・・俺・・・」
「俺のこと・・・キライじゃないなら・・・もう一度やり直してくれないか・・」
和夏は俺のことがまだ好きなはずだ。そうじゃなきゃ、俺の腕の中でおとなしくしているはずがない。
「俺・・俺から連絡取らなかったのは、タイミングが計れなかったから・・・客商売のお前の仕事の邪魔になっちゃいけないと思ってたし・・・ 俺の仕事は残業だらけだし休みも合わないし・・」
和夏の声は震えていた。
「そっか・・・俺に気を使ってくれてたんだ?」
「うん・・いつも健悟が連絡くれたから・・・俺はそれが当たり前だと思って、甘えてたのかもしれない・・・ 忙しかったってのは、俺にとっても言い訳だな。健悟がそんな風に不安に思ってるなんて、想像もしてなかった・・・ゴメン・・・」
和夏の腕がゆっくりと俺の背中に回された。