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「このまま諦めちゃうつもり? ワカ様」
 今までの事情を全部話し終わると、経理の女の子、高井麗香(たかいれいか)が訊いてきた。
「うん・・・ちゃんとサヨナラ言ってケジメをつけたかったのは、俺の我が儘だから」
「でも・・・」
 もう一人の経理の女の子、紺野美智子(こんのみちこ)は納得できないようだった。
「うん。紺野さんの言いたいことはよくわかるよ。このまま自然消滅すればお互いに傷つかなくて済んだかもしれない。でも、それじゃ俺は健悟への想いに縛られたまま、次へ進めないと思ったんだ」
「よくわかったわ。ワカ様って意外と意地っ張りだもんね。中途半端なままで終わっちゃうのがイヤだったんでしょ?」
 俺がうなずくと、女の子達も理解してくれたのか、顔を見合わせてうなずきあっていた。
「言いたくないこと言わせてごめんね。私達のわがままにつきあってくれてありがとう。ワカ様」
 美音の謝罪に俺は首を振った。
「いいんだ。みんなには心配かけちゃったし・・・それに、洗いざらい吐き出して、少しラクになったよ。こっちこそ聞いてくれてありがとう。これでやっと、健悟のことを過去にできそうな気がするよ」
 心優しい女のコ達のおかげで、俺は久しぶりに作り物でない笑顔を浮かべることができた。



「結城。アナタ、ワカちゃんに勘違いされてるわよ」
「へ?」
 朝、店に入っていきなり、吏伽に言われた言葉の意味が理解できず、俺は間抜けな声を出した。
「ゆうべ、友達と居酒屋に行ったの。後ろのテーブルにいたグループは、多分ワカちゃんとその御一行様だと思うわ。結城とか健悟って名前が会話の中に出てたし、黒一点のカレシはワカ様って呼ばれてたし」
「それって・・・・」
 俺の心臓がドクンと波打った。
「どうしてワカ様が結城に別れ話をしたのか、その理由を白状させられてたわ」
 吏伽が言うように和夏が勘違いしていたとしたら、俺達はまだ相思相愛ということなのか?
「そっ、それで?」
 俺は吏伽につかみかかる勢いで、話の続きを要求した。
「その前に、結城ってばワカちゃんのこと放置してたんだって? 別れることを結城が望んでいるけど、優しいからワカちゃんを傷つける別れ話ができずに、自然消滅するのを待ってたって思い込んでたみたい。でも、ワカちゃんはちゃんとサヨナラしてケジメをつけたかったらしいわ」
 なんてことだ・・・・和夏から連絡してもらいたいと思って放置していたことを、和夏はそんな風に思っていただなんて、俺は自分のバカさ加減に眩暈がした。
「4人の女のコに囲まれて、まんざらでもなさそうだったわよ、ワカちゃん。女のコの一人はワカちゃんに想いを寄せてるって言ってたし」
「なっ・・・!?」
 俺にサヨナラ言ったのは、その女とつきあうために、俺とのことにケジメをつけたかったからだというのか?
 目の前が絶望で真っ暗になりそうだ。和夏が自分でそう決めたなら、もうどうしようもないということだから。
「ちょっ・・結城、大丈夫?」
 俺は本当に眩暈を起こしてよろめいて、ロッカーに倒れ掛かった。
「ダメだ・・・・死にたい・・・・」
 思わず弱音を吐いた瞬間、頬に熱い1発を浴びた。
「しっかりなさいっ!」
「大関・・・」
「ちょっと失敗したくらいで、何弱気になってんのよ。本当に好きなら、もう一度アタックしたらどうよ。一度終わってるって言うなら、また新しく始めればいいじゃない。それとも結城健悟ともあろう人が、自信がないとでも言うの?」
 目からウロコとはこういうことを言うのだろうか。俺は吏伽の言葉に目が覚めた思いだった。
「そっか・・・また始めればいいんだ・・・・」
「そうよ。間違えたならやり直せばいいのよ」
 吏伽はまるで子供にするように俺の頭をなでた。
「さぁ、開店の時間よ。今日も一日がんばりましょう」
 俺は吏伽に笑顔で応えた。しかしキツイ一発のおかげで、しばらく左の頬がじんじんと熱かった。

 思い立ったが吉日とばかりに、俺は仕事が終わってから、和夏のアパートへ行った。
 電話が着信拒否されているなら、アポなしで直接押しかければいいんだ。吏伽のおかげで本来の俺が取り戻せたと思う。
 和夏が俺を許して、やり直すことを承知してくれるなら、今度こそ俺は間違えない。