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「ちょっと、結城。目を開けたまま気絶しないでよ。話はまだ終わってないわ。ちゃんと最後まで聞いてちょうだい」
 俺はグラグラ沸騰寸前の頭をなんとか立て直して、吏伽の話を聞こうと努力した。
「私の恋人は女なの。つまり、貴方達とはご同類なのよ。要するに、ワカちゃん共々偽装結婚して欲しいって訳」
「は?」
「仲良しの友達が合同結婚式ってありがちなパターンでしょ。とりあえず結婚すれば親を安心させられるし、周りからうるさく言われなくなるし一石二鳥だと思わない? 新居もちょっとしたツテがあって、新築マンションを隣同士で手に入れられるの。中に秘密の出入り口を作れば、お互いのプライバシーも守れると思うんだけど、どう?」
『どう?』とニッコリ笑って言われても、相談事の想定範囲を遥かに逸脱した提案に、俺の頭は働くことをやめた。

「子どもが欲しいならアメリカに知り合いがいるから、新婚旅行を兼ねて行って体外受精してもらうこともできるわ。だから私達としては是非とも前向きに検討してもらいたいのよ」
 ドラマかワイドショーのネタみたいな現実感のないことに前向きにと言われても、俺の一存で決められる問題ではないし、とにかく今はショックが大きすぎて、何も考えられなかった。
「ワカちゃんと相談して、返事はなるべく早くもらえるとうれしいけど」
 俺は無様にうなずくことしかできなかったが、丁度料理が運ばれてきたので現実逃避をするように一心不乱に箸を動かした。

「いきなり無理言ってゴメンね。でも悪い話じゃないと思うから、本当に前向きに考えて欲しいの」
「あ・・あぁ、わかったよ」
 俺がぎこちなくうなずくと「じゃあ」と手を振って、吏伽は俺とは反対のホームへと行きかけたが、クルっと振り返ってまた俺の方へと駆けてきた。
「言い忘れてたけど、私の恋人は雪姫だから」
「へっ!?」
 俺は完全に腰を抜かしてしまって、30分ほどベンチに座り込んだまま動けなかった。



「偽装結婚!?」
 健悟の持ってきた話は突拍子もないもので、俺はポカンと口を開けたまま絶句してしまった。
「俺も話を聞いたときは真っ白になっちまったけど、よくよく考えてみると、親を納得させられるし、いい話だと思うんだよな」
「は、はぁ・・・」
「俺もそろそろ店を持ちたいとは思ってたけど、大関が共同経営者になってくれたら千人力だと思うのは確かなんだ・・・信じられないくらい顔が広いようだし・・・・」
 健悟の同僚っていうその女性には逢ったことないけど、新築マンションに注文つけられたり、アメリカに人工授精をしてくれるような知り合いがいたりするということは、確かに顔が広いなんてもんじゃない。
 これから商売をするなら彼女が千人力だというのは間違いないだろう。
「健悟がそれでいいってなら、俺に依存はないけど・・・」
 俺がそう言うと、健悟は目を丸くした。
「いいのか?」
 俺が即座に賛成するとは思っていなかったのか、健悟はしきりに「よく考えろ」とか「本当にいいのか」と念を押してきた。 「俺がイヤだって言ったらどうするつもりなんだ? 俺だっていい加減、親の「結婚しろ」コールに辟易としてるんだ。渡りに船なんだから、乗っちまえばいいじゃん」
「和夏・・・・」
 健悟はキョトンと、まるでキツネにつままれたような表情で俺を見た。
「お前がイヤだってなら、無理にとは言えないけど、偽装だってバレなきゃ、コレってお互いにメリット多くないか? どうしてもダメなら離婚すりゃイイんだし」
 健悟と一緒に暮らす決心をしたのはいいものの、今更親兄弟にどう説明すればいいか、途方に暮れていた。相手のカップルも同じ悩みを抱えていたのだろう。
 俺達二人がいくら考えても、偽装結婚なんて答えにはたどり着かなかったと思う。
 だから、健悟がこの話を持ってきた時には、目からウロコだと思った。
「子どもは・・・お前の子どもは見てみたいと思うけど、きっと俺達には育てられないと思うから、俺はいいや。向こうのカップルが欲しいってなら協力するのはやぶさかでないけど」
 俺がそう言うと、健悟はまるでやっと息ができたというように、大きなため息をついた。
「そうだよな。イヤなら離婚すりゃいいんだな。やっぱ、お前はスゴイよ。何事にも前向きでさ」
 健悟に褒められて俺は照れくさかった。
「そんなことねーよ。ただ自分の欲望に正直ってだけで・・・・ それに、こんな関係なんだから結婚のこともそうだけど、巧く世間を欺かなきゃ、やってられないことも増えてくるさ」
 健悟も納得したのか、早速携帯を取り出すと、彼女にOKの返事をした。