「知り合いに美容師さんがいるんですか?」
アルバイトの兼本静美(かねもとしずみ)に訊かれて、俺は頷いた。
「高校の時の同級生だよ」
「えー。ドコの美容室ですか? 秋永さんの名前出したら、割引とかしてもらえます?」
現金な質問に俺は苦笑してしまった。
「N駅前にある『hair WISH』って知ってる? 結城健悟って言うんだけど、まだペーペーだろうから、俺の名前を出しても割り引きはしてもらえないと思うよ」
俺が答えると、部屋にいた女性陣から悲鳴が上がった。
「ウソっ! 『WISH』の結城さんって、ワカ様の友達だったの!?」
「彼って、フリー!?」
「え、フリーなの? じゃあ合コンやってくれない!?」
「じゃあ、ワカ様のヘアって、いつも結城さんのカットだったの?」
「結城さんのタイプの女性ってどんなの?」
矢継ぎ早の質問攻めに合って、俺は面食らってしまった。
「健悟って・・・・そんなに有名人だったのか?」
ポカンとしてしまった俺に、女性陣からブーイングが上がった。
「結城さんにタダでカットしてもらってるクセに、何も知らないの?」
「信じらんなーい! ワカ様ってば、世間知らな過ぎー」
「あのルックスでカットのセンスも抜群なんだから、有名にならない方がおかしいわよ。ワカ様ホントに友達なの?」
非難轟々の嵐に晒される俺を、男性陣はおもしろがって遠巻きに眺めているだけで、誰一人助けてくれなかった。
「なんだ・・・既にカリスマ美容師様だったんだ・・・・俺なんて捨てられて当たり前じゃん・・・」
アパートに戻ってきて、言葉にすると情けなくて涙が出てきた。
「このまま自然消滅させるつもりかな・・」
優しい健悟のことだから、自分から言い出して始まった関係だけに、別れを切り出せないのかもしれない。
でも、俺はこんな、消えるのをじっと待っているような、中途半端なままでいるのはイヤだ。
だから、俺からこの関係に終止符を打つんだ。
『逢いたい』と和夏からメールが入って、今夜、仕事が終わってから一緒に食事をすることにした。
俺はその日一日浮かれてしまって、天にも昇る気持ちで仕事をこなした。
「何かいいことあったんですかぁ?」
帰り際、雪姫が通りすがりに聞いてくる。俺は上機嫌で頷いた。
「ちょっとね」
曖昧に答えたが、いつもと違うテンションの俺に雪姫は怪訝そうに眉を寄せた。
待ち合わせの場所に急ぐと、和夏はもう来ていた。
「ゴメン・・待たせたか?」
「いや・・・今来たとこだし・・・・」
しばらくぶりに見る和夏は、髪が伸びていて、なんだか疲れているように見えた。
「大丈夫か? 顔色悪いぞ」
心配になって訊くと和夏は微笑んで見せたが、なんだか淋しそうで、俺は言いようのない不安を感じた。
「今夜は俺のアパートに来いよ。髪も切ってやりたいし・・」
そう提案すると、和夏は頷いた。
コンビニで弁当やつまめるものを買って帰り、簡単に食事を済ませた後、和夏の伸び放題になっていた髪をカットした。
パーマもヘアダイもしていない和夏の髪は、クセもなく艶々と健康的で、カットしてもイメージどおりに仕上がる。
サラリーマンとはいえ、堅苦しくなく割と自由のきく職場なので、いつもその時の流行のスタイルにカットしてきた。
今回はトップに高さを出して、毛先に軽さを出しているので、スーツを着たときにもスタイリングしやすいだろう。
「いかがでしょう。お客様」
おどけて訊くと、和夏は微笑んだ。
「いつもありがとな。ホントはすごい人気のカリスマ美容師なんだってな。健悟にタダでカットしてもらってるって言うと、会社の女のコ達に盛大に羨ましがられたよ」
和夏の言葉に俺は驚いた。俺のことをそんな風に和夏に言った人がいるなんて。
「まだまだカリスマなんかじゃないよ。ちょっとは指名してもらえるようになったってだけで・・・」
照れくさくなって、強引に和夏を引き寄せてキスして誤魔化そうとしたが、両腕を突っ張って拒絶された。