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「和夏・・?」
 こんな風に拒絶されるのは初めてで、思わず和夏の顔を覗き込んだが、微笑んでいるので驚いた。
「もういいんだ・・・」
「もういいって・・何が?」
 訳がわからず、俺は聞き返した。
「お前から言えないのはわかってる。でも、自然消滅するのを待たれるのは、真綿で首を絞められてるみたいでイヤなんだ・・・だから・・俺から言うよ」
「おい、和夏・・・何言ってる?」
「別れよう。今まで・・・ありがとう・・・」
 和夏の口唇が何て言葉を紡いだのか、俺にはにわかに理解できなかった。
「さよなら・・・」
 和夏は呆然とする俺からそっと離れると、踵を返した。
「なんで!?」
 俺は無意識のうちに、出て行こうとする和夏の腕を掴んで引き戻していた。
「別れようって、どういうことだ!? 俺のことがキライになったのか?」
 俺の剣幕に、和夏は驚いたように目を丸くしていた。



「好きな人でもできたのか? 俺を・・・俺を捨てるのかよ?」
 激昂したのは最初の一瞬だけで、健悟は俺を抱き締め、泣きそうな、震える声でそう言った。
「和夏・・・どうして・・・?」
「どうしてって、お前が優しいからじゃないか・・・言えないだろう? だから、自然消滅を狙って連絡してこなかったんじゃないのか? それともこうやって俺が痺れを切らして言い出すのを待ってたのか?」
「和夏・・・一体何を・・?」
 健悟は俺の言葉の意味がわからないというように首を傾げた。
「もういいんだ。健悟・・・どうか元気で・・・幸せに・・」
 俺にコクった時と同じ、すがるような目で見つめている健悟の腕の中から身を翻して、俺は健悟の部屋を出た。
 そして、貰っていた合鍵は郵便受けに落としておいた。

「イヤぁっ! 秋永さんっ!? 一体どうしたんですか?」
 俺の顔を見るなり、静美が悲鳴を上げた。
 その訳はわかっている。ゆうべ、健悟と別れてから自分の部屋に戻って、ヤケ酒したけど、少しも酔えなかったのに二日酔いで、しかも眠れなかったおかげで目の下にはクッキリと”くま”ができていたからだろう。
「髪がキレイにカットされてるから、ゆうべは久しぶりのデートで、しかも彼女に寝かせてもらえなかった。図星でしょ?」
 美音の言葉に俺は首を振った。
「その逆・・・恋人と別れてヤケ酒したせいでヒドイ二日酔いなんだ。だから、傷心の俺をしばらくそっとしておいてくれる?」
 黙っていてあれこれ憶測されるのがイヤで、事実だけを言うと、美音も静美も息を飲んだ。
「ワカ様・・・」
「大丈夫。俺が別れを切り出したんだから。ただ、長い春だったから、ちょっとメゲてるだけ・・・」
 そう言うと、美音も静美も何も聞いてこなかった。
 それからしばらくは、みんなから腫れ物を触るような扱いを受けた。

「痩せたよね・・・ワカ様・・・」
「自分から別れを切り出したって言ってたけど、どうしてあんなにダメージ受けてるんだろ?」
「このままだと絶対倒れちゃうよ・・・」
 あれから2週間。コピーを取りに行こうと給湯室の側を通りかかった俺は、女のコ達が俺のウワサ話をしているので驚いた。
「そっとしておいてくれって言ってたけど、もう限界だよ。あたし心配で・・」
「静ちゃん・・・アンタ、ワカ様のこと・・」
「うん・・好きなの・・・」
 静美の気持ちに俺は驚いて、持っていた書類が手から滑り落ちた。
「誰!?」
 美音がカーテンを開けて顔を覗かせた。俺がそこで固まっているのを見て、顔を引き攣らせた。
「聞いちゃった?」
 そう問われて、俺は頷くことしかできなかった。
「入って」
 美音に腕を引かれて、俺は有無を言わさず給湯室に引きずり込まれてしまった。