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「聞いてたなら話は早いわ。一体どうなってるの?」
 給湯室には美音と静美以外にもう二人、経理担当の女のコがいた。
「どうなってるのって言われても・・・」
 ふと見ると、静美は真っ赤になって俯いたまま、顔を上げなかった。
「そっとしておけって言うからそうしていたけど、ワカ様ったら復活するどころか、どんどん衰弱していってるじゃない」
 美音にギッと睨まれて、俺も静美同様、視線を足元に落とした。
「仕事が忙しいって言い訳にしないでね。これまでにももっとスゴイ修羅場はあったけど、ここまでヒドかったことなんてなかったわ」
 畳み掛けるように責められて、俺は返事に困ってしまった。
「いや・・それは・・・・もうトシだから・・」
 咄嗟に口にした言い訳に、美音はクワッと目を剥いた
「私より若いクセに、冗談じゃないわよ! 本気で言ってるなら殴るわよっ!」
 美音の剣幕に俺は恐れをなして、スグに謝罪した。
「ゴメン・・」
 俺の意気消沈ぶりに、女のコ達は困惑した表情を隠せないようだった。
「あのね、ワカ様。本当は恋人と別れたくなかったんじゃないの?」
 経理の女の子の突っ込みに、俺は言葉を失ってしまった。
「やっぱ、そうか・・ それならどうして別れたりしたの?」
「ちょっと待って。今は仕事中だしダメだわ。みんな、今日の帰り、イイ?」
 美音の言葉に女のコ達は全員頷いた。
「ワカ様もよ。きっちり白状してもらうからね」
 そして、俺の返事を待たずに女のコ達は解散して仕事に戻っていった。呆然自失状態の俺をその場に残したまま。



 少し時間は戻って・・・
「健悟さん、どぉしたんですかぁ? 顔色悪いですよぉ」
 いつもなら気にならない、雪姫の鼻にかかった猫なで声が耳に障る。
「ちょっと寝不足なだけだよ」
 ゆうべの出来事は悪夢としか思えなかった。
 久しぶりに逢えたと思ったら、いきなり別れを切り出されるとは、寝耳に水どころじゃない。青天の霹靂というか、自分の立っている場所がいきなり足元から崩れて、地獄に落とされてしまったような、そんな気がした。
 我に返った時には和夏はいなくなっていた。
 電話をしようということに思い至ったのは、とうの昔に日付が変わった時間で、俺は長い時間呆然自失状態だった。
 何が悪かったんだ?
 眠れない一夜を過ごして店に出てきたものの、気分が乗らないまま、ただ惰性で手を動かしていた。
 仕事が終わって電話をしたけど着信拒否されていた。俺は2重のショックで目の前が真っ暗になってしまって、ロッカールームの椅子に崩れ落ちるように座り込んだ。
 和夏は優柔不断で流されやすい性格をしているけど、一度自分でこうと決めたら何がなんでも貫く意地っ張りな面がある。
 今の会社に就職するときもそうだった。ゲームクリエイターという職業が両親に理解されずに、親戚の会社に就職するように勧められて、半分その気になっていたのが、大賞に入選したら、渋る両親を説得してしまった。
 ということは、決心して別れを口にしたからには、何があっても俺と別れるつもりなのか・・・
 絶望に愕然とする俺の頭を『結婚』の二文字がよぎった。
 俺を捨ててまで結婚したい女ができたということなのか?
「和夏・・・」
 思わず名前をつぶやいた瞬間・・・
「ワカって・・・健悟さんの恋人なんですか?」
 いきなり声をかけられて、俺は心臓が止まるかと思うくらい驚いた。
「熊井さん・・・」
「雪姫って呼んでください。あたし・・・あたし・・・健悟さんのこと、好きなんです」
 吏伽から聞いて知ってはいたけど、本人から直接告白されて、俺はさらに驚いた。
「あの・・・ごめん・・・」
「今はそれ以上言わないで! あたし、ワカってコに負けませんから! お先に失礼しますっ!」
 俺に断る隙も与えず、雪姫はペコリと頭を下げるとロッカールームを飛び出して行った。