「あらら。とうとう言っちゃったのね・・あのコ・・・」
「大関・・・」
更衣室から出てきた吏伽は、呆然とした俺を見ると、うんざりしたように肩をすくめた。
「結城が振り向いてくれるかどうかもわからないなんて、バカで可哀想なコ」
容赦ない口調で吏伽は雪姫を切って捨てた。
「で? 昨日は舞い上がってたクセに、今日は奈落の底に落ち込んでるみたいだけど、もしかしてゆうべのデートでフラレでもしたの?」
図星を指されて、俺の顔色は一瞬で青ざめたと思う。
「あら、ビンゴ? WISHの人気カリスマ美容師の結城健悟をフルなんて、ツワモノな彼女なのね。ワカちゃんって」
「大関・・・何だよ、そのイヤミは。俺に恨みでもあるのか?」
思わずそうつっかかってしまうほど、吏伽はバッサリと俺まで切ってくれた。
「まさか! 落ち込んで仕事に差し障りが出てくるようなら恨むけど、今は同情してるわ」
吏伽は仕事中一つに束ねている、名古屋巻きにした髪をふわりとなびかせると「お大事に」と手を振り、ロッカールームを出て行った。
俺は和夏が女じゃないと訂正することもできずに、完全に魂を抜かれていた。
「終わったら食事に行きませんかぁ?」
明日が定休日なので、雪姫が声をかけてきた。
あれから、和夏とは逢っていない。逢いに行きたいのに電話と同じように拒絶されたらと思うと、足がすくんでしまっていた。
逢って、あの時和夏が言っていた言葉の意味を聞きたいのに・・・
ショックが強すぎてよく覚えていないけど、俺から何か言えないとか、自然消滅とか、訳のわからないことばかり言っていた和夏。
モンモンとする俺に、雪姫は毎日のように食事や映画に誘ってくるので、精神的に負担に思っていた。
「ごめん・・・何度誘われても、俺は君とプライベートでつきあうつもりはないから・・」
はっきり断ると雪姫は口唇をかみ締めた。
「どうして? 彼女とは別れたんでしょう? どうしてあたしじゃダメなの?」
いつもはあっさりと引き下がってくれるのに、今夜はなんだかしつこく食い下がってくる。
「ごめんとしか言えない・・・俺には好きな人がいるから、君とはつきあえないんだ」
一方的に別れを告げられても、俺は何一つ納得していないのだから。
「そんなにカワイイの? あたしよりも? 逢わせてよ。でないと、あたし諦められない」
そう言われても、ハイそうですかと和夏に逢わせる訳にはいかない。俺が返事できないでいると、更衣室から救世主が現れた。
「雪姫、いい加減にしたら?」
「吏伽さん・・・」
「結城が困ってるでしょ。アンタ空気読めないの? いい加減嫌われるわよ」
雪姫は吏伽の容赦ない指摘に、一瞬で顔色をなくすと、そのまま部屋を飛び出して行った。
「助かったよ・・」
俺がホッとして礼を言うと、吏伽は肩をすくめた。
「苦労するわね。色男」
「よせよ。俺はそんなんじゃないって・・・」
「あら、謙遜しちゃって。でも、雪姫にはいい薬になったんじゃないかしら。今まで顔だけでちやほやされ過ぎて、天狗になってたところがあるみたいだし」
「そ・・そうなのか?」
吏伽の言葉は辛辣だが、的を射ているのだろう。
「そうよ。今までに狙って落ちなかった男はいないのが自慢らしいし。最近はムキになって結城をオトそうとしてるけど、経歴に傷をつけたくないからでしょ、どうせ」
「は・・はぁ・・そんなもん?」
それが正しいのだとしたら、俺はゲームの景品みたいなものなのかと、情けなくなった。
「雪姫にはそれが一番大事なんでしょ。仕事よりもね。そろそろ店長がキレそうなのに気づいてないようだし」
「えっ!?」
最近では、店長の様子に気を配っている余裕もない俺に、吏伽の言葉は驚きだった。