「もしかしなくても、雪姫はもうすぐ辞めると思うわ。本人が望む望まないにかかわらずね」
そして吏伽の予言どおり、それから10日後、雪姫は辞めていった。湯の温度を確かめずに客に水を浴びせるような初歩的なミスをして、ちゃんと謝罪もできなかった上に「火傷するよりマシじゃない」などと逆ギレを起こして、とうとう堪忍袋の緒が切れた店長にその場でクビを言い渡されたのだ。
『あたしになびかないなんて、健悟さんホモなんでしょ』と捨てゼリフを残して嵐は去った。
「気にしちゃダメよ」
帰り際、吏伽はそう言って慰めてくれたが、俺は笑うしかなかった。
「いや・・・事実だからな」
「あら、そうなの?」
吏伽は一瞬目を瞠ったものの、俺の告白をすんなり受け止めてくれた。
「驚かないのか?」
俺が訊くと、吏伽は笑顔を見せた。
「別に。人の性癖なんて気にしたってしょうがないじゃない。誰かに迷惑かけてる訳じゃなし」
吏伽のいうことはもっともで、俺は理解ある友人に感謝した。
「でも、結城をそれだけ骨抜きにしてるワカちゃんには逢ってみたいわ」
吏伽はウインクすると、今日は一段と気合の入っている名古屋巻きをなびかせて、店を後にした。
「さぁ、洗いざらい白状してもらうわよ」
本当は残業しなきゃならないほど仕事が山積みなのに、女の子の集団に拉致られてしまった俺は、いつも宴会で使う居酒屋にいた。
「洗いざらいって・・・」
困惑する俺に、女の子達のリーダー的存在の美音が俺の前の席に座って、ニヤリと不気味な笑みを浮かべた。
「静ちゃんの気持ち、知っちゃったからには、今のワカ様の気持ちをちゃんと伝える義務があると思うの。どう?」
どう、と詰め寄られても、俺が無理やり聞き出した訳じゃないのに、どうしてそんな義務を負う必要があるのだろうと思ったが、口に出して女性陣の総攻撃を受けるのは得策でないので、大人しく従うことにした。
「恋人に別れを告げたのは確か。でも、本意じゃなかったのも確かだから、ちょっと立ち直るのに時間がかかってるだけ」
事実だけを告げて、俺はビールを煽った。
「どうして好きなのに別れようと思ったんですか?」
静美の問いに、女の子全員がうんうんと頷いた。
「好きだからだよ・・・ 彼は優しいから、俺を傷つけるようなことは言えないだろうと思ったから、俺から気を利かせたんだ」
「え・・・・?」
見ると女の子全員がフリーズしていた。
「な・・・何?」
全員、目をまん丸に見開いて、お互いの顔を見合わせているので俺は戸惑ってしまった。
「ワカ様・・・恋人って、結城さんだったの?」
代表して美音が訊いてきた。俺はどうしてバレたのかと、身体中の血液が凍る思いがした。
「ど・・・どうして・・?」
俺の声は無様に震えていた。
「だって、今、ワカ様は恋人のこと、「彼女」じゃなくて「彼」って言ったじゃない。それならいつも髪をカットしてくれる結城さんしか思いつかないわ」
俺は無意識のうちに失敗していたようだ。名前を出さなきゃ大丈夫だと思っていたのに、まさか代名詞でバレるなんて・・・なんてドンくさい・・・
「・・・ゴメン・・・気持ち悪いよな・・・」
みんなの顔を見ることができずに、俯いて謝罪した。
「そんなことないもんっ!」
静美が小さく叫ぶように言ったので、俺は驚いて顔を上げた。
「相手が結城さんでよかった。秋永さんも結城さんも誰か他の女に取られるより、二人でくっついてくれた方がずっといいです」
「・・・は?」
俺には理解不能な物の考え方だが、女のコ達は4人とも同じ意見なのか、全員コクコク頷いていた。
「いや・・でも、もう別れたんだけど・・・」
「そのことは、今はイイから。で、結城さんが何を言えないって?」
何がいいのかわからないが、こうなったら、洗いざらい白状しない限り、解放してくれないだろう。俺は彼女達の質問にいちいち答えていった。