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 軽やかにステアリングを操る秀悟は見ていて惚れ惚れする。
 Jekyllのトラップに引っかかってむしゃくしゃしていたところ、理想が服を着ているかのような美貌の男に声をかけられて、とうとう脳みそがパニックを起こしたのか目を開けたまま夢を見ているのではないかと思ってしまった。
 データは壊されたというものの、修復がきくようなモノだけだったし、飛雄は一目惚れした美貌の恋人を手に入れることができて、内心ほくそえんでいた。
「Jekyll・・・二重人格だからなのか?」
「ハンドルネームのことかい? 違うよ。俺の名前の秀悟の秀はヒデと読めるだろ。そこからHide、英語読みにしてハイドからJekyll」
「ふーん・・・ヒデねぇ・・・」
 飛雄は前方を見たまま答える秀悟の端麗な横顔から視線を外せずにいた。
「なんでそんなホストみたいな派手な格好してるんだ?」
 それでなくても美貌で人目を引くのに“ありえねぇ“格好をして、更に人目を引くようなマネをしている訳を知りたかった。
「質問ばかりだな。無駄に声をかけられないためだよ。この格好してる俺はちょっと近寄りがたい雰囲気だろ」
「ふーん・・・自分がキレイだってこと、自覚してるんだ?」
 ちょっとした皮肉だったが、秀悟はスルーした。
「子どもの頃からイタズラ目的に誘拐されそうになったこと多数でね、イヤでも自覚せずにはいられなかったんだ。とりあえず変人を装ってれば、うかつに手を出そうという気にはならないだろうと思ってね」
「確かに、アンタ・・・ヒデから声を掛けられなかったら、ちょっと俺からはアプローチできなかったかな・・・」
 飛雄は見かけの割には気が小さいようだ。秀悟はクスクス笑った。

「ペントハウスかよ・・・・」
 車で走ること30分。住宅街の一等地に建つマンションの最上階まるごと1フロアが秀悟の住まいだった。カードキーを使わないと動かない専用エレベーターに乗って、飛雄は複雑な表情をしていた。
「父親の教育方針とやらで、子どもが成人すると住まいをあてがわれて、放り出されるんだよ」
 招き入れられたリビングには籐のカーペットが敷かれ、必要最小限の家具は素人目にも高級だとわかった。部屋の隅には涼しげなグリーンが置かれていて、モデルルームのようだと飛雄は思った。
「それにしてもすげぇな・・・」
「財産の生前贈与のつもりらしいけどね」
 なんでもないことのように秀悟は言った。
「カフェテリアではミルクティ飲んでたようだけど、ウチにはコーヒーしかないんだ。それでもいいかな?」
 そのままダイニングキッチンに入った秀悟は、カップにドリップパックをセットして湯を沸かし始めた。
「そんなこと覚えててくれたんだ?」
 6人がけの大きなテーブルセットの椅子に腰掛けて、飛雄はちょっと感動していた。
「恋人の好みだからね。次に来るときまでには紅茶を用意しておくよ」
 ウォールナットの無垢一枚板のテーブルの飛雄の前にカフェオレを置いて、秀悟は飛雄の向かい側に腰を下ろした。秀悟が持っているカップの中には黒々とした液体が湯気を立てている。
「それ、ブラック?」
「そうだよ。飲んでみる? 飛雄にはミルクを入れた方がイイと思ったからカフェオレにしたけど、コッチの方がよかったかな?」
「いや、コレの方がイイ」
 首をブンブン振る飛雄の好みが見かけよりも随分子どもっぽいことがわかって、秀悟は嬉しくなった。

「じゃ、そろそろ帰るわ・・・」
 とりとめのない話を30分ほどして、カフェオレを飲み終えた頃、飛雄は立ち上がった。
「え・・・もう?」
 秀悟はまた拍子抜けしてしまった。飛雄は傲岸不遜が服を着て歩いているかのような見てくれなので、絶対にベッドに連れ込まれるだろうと覚悟を決めていたのに。
「俺、そんなにケダモノに見えた?」
 図星を指されて秀悟は赤面した。
「ごめん・・・」
 俯いた秀悟の頭は、伸びてきた飛雄の腕によって、厚い胸に抱き込まれた。
「ぁ・・・」
「身体だけが欲しい訳じゃない・・」
 壊れ物のように大切に抱き締められて、秀悟は何故か女のコのように震えてしまった。
「じゃ、また明日・・」
 そっと身体を離すと、飛雄は真っ赤な顔をしている秀悟を置いて、本当に帰ってしまった。
「なんだかな・・・掘り出し物を見つけた気分かも・・・・」
 想像以上に大切にされている。秀悟は思わずにやけてしまって、熱くなってしまった頬を両手で覆った。