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 一方、飛雄も秀悟の部屋を出てバイト先に向かいながら、頬が自然と弛んでくるのを隠せずにいた。
「まさか、あんな反応するなんて・・」
 ちょっと抱き寄せただけで、秀悟は可哀想になるくらい怯えて震えていた。とはいえ、飛雄自身もまるっきり経験はない。
「どうしたら初めてでも上手くやれるだろう・・・ネットで調べてみるか・・」
 そんなことを思いながら、飛雄は駅までの道を走り出した。


「何、コレ?」
 秀悟が差し出したカードを受け取り、飛雄は怪訝そうに目を細めた。
「合鍵・・いつでも来てくれてイイから・・・」
 秀悟がわざと素っ気なく言うと、飛雄は思いがけないプレゼントをもらった子どものように満面の笑みを浮かべた。
「いいのかっ!?」
 カードキーをしげしげと眺めては嬉しそうに笑顔を向ける飛雄に、秀悟は頷いた。
「仮にも恋人だからな。「遊々倶楽部」がない日には、大抵出歩かずに部屋にこもってるから・・」
「じゃあ、俺も「遊々倶楽部」に入る。つっても、バイトがない日だけしか出られないけど」
 レンタルビデオ屋で夜のシフトに入っていたが、飛雄は少しでも秀悟の傍にいたいと「遊々倶楽部」に入った。


「じゃあ、次回はビーチバレーってことでいいな?」
 一矢が言うとその場にいた全員が頷いた。
「土曜日の午前9時に現地集合ってことで、遅刻のないように」
 秀悟がそう締めくくって今日の「遊々倶楽部」の会合はお開きになった。そのままカラオケに行く者、飲みに行く者、いくつかのグループに分かれた。
 今日はバイトが休みの飛雄も誘われたが、秀悟の部屋に行くために断って、一人で学校を出た。
 2人の関係は内緒にして欲しいとの秀悟の希望で、「遊々倶楽部」でも単なる先輩と後輩としてつきあっている。
 とはいえ、秀悟の家に行くときにはいつも途中で拾ってもらうのだが。

「飛雄は背が高いからビーチバレーは有利だな」
 今日はNSXに乗ってきたようだ。車高が低いので地面を滑っているように感じる。
「まあな・・・球技に限らず運動は好きだけど・・・」
「ハッカーのくせに、飛雄は「引きこもり」じゃないんだ?」
 秀悟はくすくす笑う。
「ヒデは「引きこもり」なのかよ?」
 笑われてちょっとムッとした飛雄が噛み付くと、秀悟は頷いた。
「どっちかと言えばそうかな。子どもの頃は誘拐が怖かったし。かと言って、武道を習って強くなりたいとは思わなかったな・・・」
「色男金と力はなかりけりって言うけど、ヒデは力はなさそうだけど金持ちだよな・・・」
 飛雄はため息をついた。
「俺に力は無理だけど、飛雄は金も力も持てばいい。俺と一緒に会社やってくれるんだろ?」
 前を見たまま秀悟は言った
「ご期待に副えるよう頑張るさ」
 飛雄は眩しそうに目を細めて、秀悟の横顔を見つめていた。


「じゃあ、また」
 恋人になって半月。今日も30分ほど話をしただけで、飛雄は帰ろうと立ち上がった。
「もう? 今日はバイト休みだろう? ゆっくりしていけよ。ガッコにはココから行けばいいさ」
 秀悟が引き止めると飛雄は困ったように目を逸らした。
 いつも帰りがけに秀悟を抱き締めていたが、もうそれだけでは我慢ができなくなっていた。だから今日も傷つけてしまいそうになる前に逃げ出そうとしていたのに、恋人は引き止めるようなことを言う。
「でも・・」
 キスしたい。抱きたい・・・でも、どうすればいいかわからなくて、ネットでいろいろ調べて、決してキレイなだけな行為じゃないということもわかった。
 だから、飛雄はためらっていた。恋人を汚してしまうようなことはできないと。
「飛雄・・・俺のことキライになった?」
 飛雄の気持ちも知らずに、秀悟は立ち上がって飛雄の前に立った。