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 どうやって学校にたどり着いたのか覚えがないが、飛雄は講義に出ていた。
「仲・・・なんか顔色が悪いけど大丈夫?」
 いつの間に隣にきていたのか、話しかけられて振り向くと、「遊々倶楽部」で一緒の坂巻弓弦(さかまきゆづる)が心配そうな顔で見上げていた。
「え・・? あ・・あぁ・・別に・・・」
「夏風邪はタチが悪いから注意しなきゃダメだよ」
「そうだな。サンキュ・・・気をつけるよ」
 身体はどうもないが、弓弦の勘違いを利用させてもらうことにして、飛雄は適当に話を合わせた。
「ノートなら俺が取っといてあげるからさ。辛いならこの講義が終わったら帰った方がいいよ」
「あぁ・・じゃあそうするわ・・」
 本当に心配しているらしい弓弦を騙しているような気がして、飛雄の良心は少し痛んだ。


「いっ・・てぇ・・」
 寝かされていたソファから転がり落ちて、秀悟は目覚めた。
「あれ・・・何時だ・・・?」
 起き上がろうとしたが、身体中が痛んで、力も入らなかった。
「そっか・・・ヤラレたんだったな・・」
 レースのカーテンを通して入ってくる光が、もう昼を過ぎていることを教えてくれた。
 エアコンが切れていた上に、ゆうべ後始末もせずに眠ってしまったので、身体中ベタベタしていて気持ち悪い。
 シャワーを浴びたかったが、こんな状態では一人で浴びるのは無理だろう。
「飛雄・・・学校に行ったのか・・・」
 自分が『帰れ』と言ったことは記憶にないので、夕方になれば来るだろうと、かなり不快だが待つことにした。
「腹減った・・・」
 ゆうべは腹の中のモノ全て吐き下したので、おなかと背中がくっつきそうになっている。ガラスのローテーブルを見ると、スボーツドリンクのボトルが放置されていたので、とりあえずそれでもいいやと、生ぬるくなってはいたが、飲み干した。


「なんで来ないんだ・・・」
 日が落ちて部屋が真っ暗になっても、飛雄は電話の1本も寄越さなかった。
 秀悟が無意識下に言った「帰れ」の一言で、嫌われたと思い込んだ飛雄がどん底まで落ち込んでいるなんてことは、知るよしもなかった。
「もしかしたら一度抱いただけで飽きてしまったのか・・・?」
 女のコじゃないから、初めての朝は一緒に夜明けのコーヒーを、なんて激甘なことは望んではいなかったけれど、こうもあっさり捨てられるとは思わなかったので、流石の秀悟も落ち込んでしまった。


 一方、飛雄は飛雄で、初めてで加減がわからずヒドイ抱き方をしてしまったので、秀悟に愛想を尽かされたのだと、自己嫌悪に陥っていた。
「どうしたら許してもらえるんだ・・・」
 電脳世界ではその名を轟かしているハッカーHUGHだが、恋をするのも始めてなら、キスもセックスも初体験だった飛雄は、巷のひきこもり同様対人関係に疎く、途方に暮れてしまっていた。
 好きでも嫌いでもない人間に対しては、傲岸不遜な見てくれを裏切らない、生意気な対応をする飛雄だが、唯一自信を持っていた分野でコテンパにのされた上に、年上で恋人になってくれた秀悟には、頭が上がらない。
 元来、犬は飼い主や群れのボスに対して絶対服従だが、狼もイヌ科である。叱られてしまって、飛雄の耳も尻尾も垂れ下がっていた。