今日も綾より湊の方が早く食堂に来ていた。改めて考えてみたら、いつもいつも窓際の陽の当たる暖かい席を取ってくれていた。
寒がりの自分に気を遣っていてくれたんだと思うと、綾は今まで湊に対してどう接してきたのか、頭を抱えたくなった。
『ずっと甘えっぱなしじゃん・・・勉強教えてもらったり、いつも先に来て待っててくれたり・・・』
穴があったら入りたくなって、綾は愕然とした。
「アヤ。どうしたの? 今日は顔色が悪いようだけど・・・」
険しい顔をしている綾の頬に湊が手を伸ばしてきたので、反射的に後ずさってしまった。
「アヤ・・・・・・?」
湊が眉を顰めたので、綾は何か失敗して湊を怒らせたのだと、勘違いして泣きたくなった。
湊は湊で、綾の顔が泣き出しそうに歪んだのは、自分の邪な想いに気付いてのことだと勘違いしていた。だからここは、話題を変えた方がいいと考えた。
「ねぇ、アヤ。テストが終わったらどこかへ遊びに行こうか?」
すると途端に綾の表情があからさまにホッと緩んだので、湊は少し傷ついた。
「クリスマスも二人で過ごしたいな・・・と思ってるんだけど・・・」
「あの・・クリスマスは一朗達とパーティーするんだ・・・・するんです・・・いつも・・・毎年やるから・・・」
TPOやら敬語やらに拘るあまり、しどろもどろな答えになってしまった。
「じゃあ、初詣は? 一緒に行こうよ」
「は・・初詣もっ! いつも一朗達と一緒なんだ・・・なんです・・・」
俯いてしまった綾の態度がいつもと違うので、湊はいよいよ嫌われてしまったのかと、愕然となった。
「ねぇ、アヤ。僕のこと嫌いになった?」
湊の問いかけに、ビックリしたように目を瞠った綾は、ブンブンと千切れんばかりに首を振った。
「じゃあ、今日も一緒に勉強してくれる?」
「先輩の・・・迷惑じゃないなら・・・」
伏目がちに頷く綾に、湊はホッとしたように微笑んだ。
「どうして迷惑だなんて思うのかな? もともと誘ったのは僕の方だよ」
そう言われてみたら、まさしくその通りで、綾もホッとして表情が緩んだ。
問題は湊の理性がどこまで持つかということだった。
「いよいよ明日からだね。お互いに頑張ろうね」
コクンと頷いた綾は、あの日からあまりしゃべらなくなっていた。ちゃんとした敬語を使う自信がなかったのが1番の理由だが、湊の前に出ると緊張してしどろもどろになってしまうからだった。
何故そうなってしまうのか・・・
湊に失礼なことをして嫌われたくないから。
それなら何故嫌われたくないのかは、湊のことが好きだからなのだと、順番に考えていけば自分の湊に対する気持ちがわかったのかもしれないが、お子ちゃまな綾には無理な相談というものだった。
せめて、一朗や和七にでも相談すればよかったのだろうが、一朗にちゃんとできるとタンカを切ってるだけに、そういう訳にもいかなかったのだ。
それが綾にも湊にとっても悲劇の原因となったのだった。
湊は綾の元気がないのを心配していたが、自分といるのをイヤがってる様子じゃないので、テストが近いし走れないからなのだろうとそのままにしていた。あんまりしつこくして、逃げ出されても困るので。