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 テストは終わった。湊の教えかたがよかったのか、ヤマが当たったのか、綾はかなり手応えを感じていた。
「えーっ! そんなに自信あるのか? もしかして、先輩のおかげ?」
 和七に訊かれて、綾は得意げに胸を張った。
「じゃあ俺も3学期は一緒に勉強させてもらおうかなー」
 一朗が心底羨ましそうに言うので、綾はアッカンベーをした。
「ダーメ。一朗は和七に教えてもらえばいいじゃん。それより早く走ろうぜ」
 テストが済んで部活動解禁になったので、2週間走ってなかった身体はなまりまくっていたので、綾ははしゃいでいた。いつものように一朗に羽交い締めにされながらも、綾は笑っていた。
 そんなグランドでの綾の様子をいつものように生徒会室から眺めていた湊は、嫉妬のあまり目の前が真赤に染まっていた。
「なんで・・・・僕の前では笑わないのに・・・アイツらの前ではあんな顔してるんだ・・・あんな無邪気に笑ってるんだ・・・なんで・・・・」
 握り締めた拳が怒りの為に震えた。
 何故綾が湊の前に出るとそんなに緊張するのか。それだけ自分のことを意識してくれているのだということは、少し考えたらわかりそうなものなのに、恋する男は盲目とはよく言ったもので、綾に嫌われているのだと思い込んでいる湊には、絶望に心が支配されてしまっていたのだった。
「湊。そんなに怖い顔してると、アヤちゃんが裸足で逃げ出すよ」
 穂波がいつものようにからかうけれど、聞こえていないのか湊はずっと窓の外を睨んでいた。
 綾はといえば、活動時間が終わりに近づくにつれて、だんだんと口数が少なく元気もなくなってきていた。生徒会室で待っている湊のとこに行くのが怖かったからだ。
 失礼のないように話せるだろうかとか、無意識にヘンなことをしでかさないかとか、考え出すとキリがなく、不安が募って足が竦んでしまいそうになるのだった。
 昨日まではテスト勉強という大義名分があったが、今日はどんなことを話そうか、自然に振舞えるだろうかと、すっかり途方に暮れていた。
 そんなことより何より、湊のような人が何の取り柄もない自分のことを好きだと言ってくれるのも、いまいち信じられなかったのだ。


「じゃあね、アヤ。先輩によろしく」
 和七が一朗と仲良く帰って行くのを見送りながら、綾は観念したように生徒会室に向かって歩きだした。
「失礼します」
 ノックしてからドアを開けた綾は、部屋に湊しかいなかったので、入室を躊躇した。振り向いた湊の顔はどう見ても、怒っているようにしか見えなかったので。
『何かマズッた?』
 綾の顔が恐怖に引き攣った。
「アヤ・・・・・」
 低い声で名を呼んで、湊はゆっくり立ちあがると、綾の方へと1歩足を踏み出した。
 綾は本能で危険を察知して、逃げ出そうと踵を返した。
 しかし逃げ切れず、腕を掴まれて引き寄せられると、噛みつくように口唇を奪われた。
「―――――っ!」
 スポーツバッグがドサッと大きな音を立てて、綾の手から床へと落ちた。
「んんっ・・・・ん・・」
 舌をからめ取られ痛みを感じるくらいに強く吸われた。綾は驚愕の余り目を見開いたままだった。逃れようと身を捩っても、運動部で鍛えているのに悲しいかな圧倒的な体格の差はどうしようもなく、なす術もなく蹂躙されていた。
「アヤ・・・・僕が嫌い?」
 口唇が離れると湊は尋ねたが、綾が答える前にもう一度口唇を塞いだ。校長室より払い下げられた、所々に染みや破れがあるソファに押し倒しながら。
「どうして笑ってくれない? 僕は・・・アヤの笑顔が見たいだけなのに・・・僕の側で笑っていてほしいだけなのに・・・どうしてヤツらの前だとあんな風に笑えるの? 僕のことが嫌い? 僕はこんなにアヤが好きなのに・・・・」
 呟く湊の顔は苦渋に歪んでいて、綾は恐怖で震えが止まらなかった。押さえつけられている手首は、アザになるくらい力が込められているので、逃げることもできなかった。