13

「僕が怖い? ゴメンね・・・・でも、もう優しくしてあげられる自信がない・・・・」
 そう言うと湊は綾のシャツに手をかけて、左右に引き裂いた。バラバラっとボタンが弾け飛んだ。
 あらわになった胸に顔を伏せる。ピンク色の突起に歯を立てると綾の身体がピクンと跳ねた。
「ヤだ・・・先輩・・・やめ・・・て・・・」
 ガクガク奮えるばかりで、抵抗らしい抵抗もできずにいる綾の必死の訴えに、湊の動きが止まった。
「どうして・・・? 先輩・・・・どうして・・?」
 綾の頬が涙に濡れているのに気づいた湊は、驚いて身体を起こした。それまで湊に渦巻いていた激情の炎は水をかけられたように消え失せていた。
 湊の力が抜けたのを見逃さなかった綾は、覆い被さる身体を思い切り突き飛ばすと、生徒会室を飛び出した。
 湊は慌てて追いかけようとしたが、現役の陸上部には勝てるはずがなかった。崩れ落ちるようにソファに深く身を沈めた。


 綾は全力で走って走って走って走って、途中で穂波にぶつかったのにも気付かないで校門のところまで一気に来て初めて、スポーツバッグを忘れて来たことに気付いた。
「定期券も財布もあの中じゃん・・・・取りに行かなきゃ帰れないや・・・」
 涙でぐちゃぐちゃの顔で、おまけにシャツが破れて素肌が丸見え状態の綾に、通り過ぎていく学生達はみんな一様にギョッとした顔をした。


 ドアがノックされても、宙に視線を泳がせたまま茫然自失していた湊の耳には、聞こえなかったようだ。
「湊・・・アヤちゃんに何した?」
「・・・・ほな・・・み・・・?」
 穂波はソファに沈み込んでいる港の前にしゃがみ込むと、悲しげに微笑んだ。
「言わなくても大体わかるけどね。アヤちゃんのシャツはボロボロだったし、涙もボロボロこぼしてたし・・・・レイプしちゃった? 湊が煮詰まってたのは知ってたけど、まさか本当にそんなバカなことするとは思ってなかったから、様子見てたんだけど・・・」
 穂波には昔から隠し事ができなかった。物心付く前から一緒にいたから仕方ないのかもしれない。
「僕は・・・アヤに笑っていて欲しかっただけなんだ・・・・・ヤツらの前で見せるような笑顔を・・・僕にも見せて欲しかっただけなのに・・・」
 湊の顔が泣き出しそうに歪んだので、穂波はそっと抱き締めた。小さい頃そうしていたように。
「湊・・・大丈夫だから・・・きっと大丈夫だから・・・」
「本当に好きなんだ・・・・穂波・・・僕は本当に好きなんだよ・・・・」
「わかってるよ・・・湊・・・」
 そこにタイミング悪く、綾がスポーツバッグを取りに現れた。うっすら開いていたドアから『好きなんだ・・・』という湊の呟きが聞こえていた。そして綾の目に飛び込んで来たのは信じ難い光景だったのだ。
 穂波の胸に顔を埋めて、優しく髪を撫でられている湊を見て、綾は目を疑った。
「あの・・・俺・・・カバン忘れたから・・・ごめんなさいっ!」
 綾は自分のスポーツバッグを掴むと後ろも見ずに駆け出した。心臓がバクバクなっていた。
『何? 何? 何? あれは竹村先輩だった・・・俺・・からかわれてた?』
 訳もわからず涙が後から後から溢れてきて、景色がぼやけて見えなくなってきたが、綾は駅までノンストップで走りつづけた。
「アヤ! アヤじゃん。どうしたんだ? 先輩は?」
 一朗の声がしたけど、綾には見えなかった。涙が止まらなくて。
「アヤ・・・どうしたの? その格好・・シャツが破れてる・・何かあったの?」
 和七にホームのベンチに座らされて、ハンカチで涙を拭われた。
「その格好じゃあんまりだから、ブレザー着ようか・・・バッグの中だよね?」
 そう言われてよく考えてみたら、もう12月だというのに綾はボロボロのシャツ1枚をひっかけただけの格好だった。
「ねぇ・・・アヤ。先輩と何かあった?」
 和七にブレザーを着せてもらってボタンを留めてもらってる間も、綾の涙は止まらなかった。
「か・・・ずな・・・俺・・もう、訳わかんない・・・・・」
 綾が和七に抱きついて泣き出したのを見て、一郎は拳を握り締めた。
「和七・・・俺、忘れモンしたから先にアヤを連れて帰っててくれ。後で行くから・・・・」
「うん・・・わかった。一朗・・無茶するなよ」
「おぅ」
 一朗は低く唸ると学校へ戻る為に、物凄いスピードで改札口へと階段を駆け上がっていった。