「アヤちゃんに誤解されたね・・・・多分・・・」
精神的にノックアウトされて、いつもクールに構えてる湊が憔悴しきっているのが痛々しい。穂波は、とりあえず湊を連れて帰ろうと思った。
「帰ろう。湊。アヤちゃんは話せばわかってくれるよ・・・きっと」
湊は泣いていなかった。挫折や絶望を知らずにきた人生だったから、辛く悲しい時には泣いてもいいのだということさえ知らずにいたのだ。
「さ、行こう・・湊」
湊を立たせて手を引いて・・・・穂波は保育士になった気分だった。
生徒会室に鍵を掛けていると、向こうから長身の学生が走ってくるのが見えた。
「森先輩に話があります!」
湊の前まできた学生は、全力で走ってきたのか息を乱していた。
「君・・・・加藤君だったね。アヤちゃんの親友の・・・」
地獄の底まで落ち込んでいて言葉も出ない湊に代わって、穂波が応対した。
「アヤに一体何をしたんですか? 俺も和七も、先輩だったらきっとアヤのことを大事にしてくれると思ったから・・・だから、やっとアヤのことを諦める決心したのに・・・何であんな風に泣かせるようなことしたりしたんだよっ!?」
湊の胸倉をつかんで、思いのたけをぶちまけた一朗に、湊の目に光が戻った。
「違う! そうじゃない・・・僕は・・・」
「何が違うんだよ!? アヤのシャツ、ボロボロだったじゃねぇか! あんたまさか、アヤをレイプしたんじゃねぇだろうなっ!?」
「・・・・それ・・は・・・・・」
湊が言いよどんで目を逸らしてしまったので、一朗はそれを肯定と受け取った。
「貴様・・・・・許さねぇ」
低く唸ると一朗は渾身の力で湊を殴り飛ばした。
「金輪際アヤに近づくんじゃねぇぞ! もしアヤの前にそのツラ出したら、絶対にブチ殺してやるからなっ!」
廊下に倒れ込んでいる湊に引導を渡すと、一朗は踵を返した。
「湊・・・大丈夫?」
黙って見ていることしかできなかった穂波は、身体的にもノックアウトされた幼馴染に声をかけた。
「わからない・・・・僕はこのまま死んでしまうんだ・・・・」
投げやりに答える湊に手を貸して立たせた。
「凄く腫れてるから保健室で手当てしてもらってから帰ろう」
「そんなこと・・・もうどうでもいい・・・・」
湊の目から光が消え失せていた。
「アヤ・・・森先輩と何かあった? って言うか・・・何かされた?」
和七の家は小さいながらもフレンチレストランを経営している。父親がシェフで母親も店を手伝っているので、一人っ子の和七以外は誰もいなかった。
だから、和七は泣き止まない綾を自分の部屋へと連れ帰ったのだった。
「そんなに泣き腫らした顔じゃ、家に帰れないだろ? 明日からテスト休みだから、今夜はウチに泊まればいい。一朗も多分もうすぐ来るから・・・な?」
綾は素直に頷いた。
「ゴメン・・・和七・・迷惑かけて・・・・」
小さな声で謝る綾の髪を撫でて、和七は言った。
「水臭いこと言うんじゃないよ。僕とアヤの仲じゃん。さ、そろそろ何があったのか聞かせてくれるかな・・・場合によっちゃ、何かアドバイスできるかもしれないだろ?」
「うん・・・・でも・・・」
俯いて口篭もった綾に和七は、何も心配はいらないから・・・と微笑んだ。そして綾の好きなココアを作るためにキッチンへ行った。