「陸ちゃん。いる?」
穂波はノックもしないで、森家の次男で湊の兄である、恋人の陸の部屋のドアを開けた。
部屋の中には、湊をワイルドに成長させたようなハンサムな青年がいて、CDを聴きながら週刊少年ジ○ンプを読んでいた。
「やぁ、穂波来てたのか・・・」
嬉しそうに笑って穂波を抱き寄せようとした陸は、抵抗する恋人に眉を顰めた。
「どうした? 穂波」
「それは後にして。相談したいことがあるんだ。湊の部屋に来てよ」
「湊の部屋?」
ますます怪訝な顔をした陸に、穂波は簡単に事情を説明した。
「失恋っ! 湊が?」
話を聞くなり大笑いした陸の胸を、穂波は叩いた。
「もうっ! 僕が真剣に話してるのに! 早く湊を元に戻してくれないと、金輪際キスしてあげないからっ!」
真赤になって怒っている恋人もカワイイと思いながら、陸は気が進まなかったが腰を上げた。
「ありゃ・・・こいつは全く・・・・スゴイことになってるな・・・・」
心ここにあらず、といった状態の湊に、陸は珍しいものを見たとでも言いたげに、目を丸くした。
「初恋・・・だったんだ。多分・・・なのに、アヤちゃんに誤解されちゃって、こんな状態なんだ」
「アヤちゃんっていうのか? 彼女」
「彼氏」
「え?」
「彼氏。元気玉みたいな下級生。半年の間何も言えずにモンモンと眺めてただけだったのを、最近やっとのことでお友達から始まったトコだったんだ。なのに・・・・」
穂波の顔が、泣き出しそうに歪んだ。普段からかってばかりいるけど、これでいて案外友達思いなのだ。
「へぇー。半年も手を出さずに指を咥えて見てただけだったって? 信じられないな・・・・中坊の頃からヤリたい放題してた湊が純愛なんてねぇ・・・・」
実際に壊れかけている湊を目の当たりにしても、陸には『まさか』という思いの方が強かった。それほど湊は兄の目から見ても、いつも自信満々だったのだ。
「俺には失恋の経験がないから、どうしたらいいのかわからん」
「もうっ! 医者のタマゴのクセに、なんとかできないの?」
無茶を言ってるのは承知だったが、穂波も情けない湊を目の前にして、パニックに陥っていたのだった。
いつだって自信に満ち溢れた幼馴染だった。ハンサムで頭も家柄もよくて、何だってできるオールマイティーな湊が、初恋に破れただけで人格崩壊してしまうなんて、想像もつかなかった。
なんとかして元に戻ってもらいたいと、穂波は真剣に願っていた。
「あのなぁ、穂波。お医者サマでも草津の湯でもって諺知ってるだろ?」
呆れたように陸が言う。
「知ってるよ! 知ってるけど・・・」
穂波の目に涙が浮かんできたのを見て、陸は慌てた。恋人にベッドの中以外で泣かれるのはイヤだった。
「穂波。泣くな」
陸の長く逞しい腕が、穂波をさらうように抱き寄せた。
「陸ちゃん・・・・」
穂波は陸の胸に額を預けて、涙を堪えた。