「わかんないよ。だって、俺・・・先輩の前に出るのが怖かったんだもん・・・」
「怖かった・・・なんで?」
和七は首を傾げた。湊はいつだって誰にだって優しいと評判の上級生だ、なのに、何が怖いと言うのだろうか?
「最初はよかったんだ・・・・だけど、一朗にけじめをつけろって言われてよく考えたら、俺、先輩に失礼なこととか一杯してたような気がして・・恥ずかしくなって・・・それから緊張するようになったんだ・・・・・先輩の顔見る度にドキドキするし・・・・」
「アヤ・・・それって・・・・・」
ドキドキするのは好きな人の前だからじゃないのか? と続くはずだった和七の言葉は、綾の呟きに遮られた。
「でも、何で恋人がいるのに俺のことを好きだなんて言ったのかな? テスト勉強だってわかるまで教えてくれたし・・・」
ゴロンとカーペットラグの上に寝転んだ綾は、目を閉じてポツンと呟いた。
「和七はいいな・・・俺も恋人が欲しいよ・・・・」
淋しそうな綾の様子に、和七は何も言えなくなった。湊に恋人がいるのなら、綾が自分の気持ちに気づかない方が、早く傷も癒えるのではないかと思ったからだった。
「アヤ、腹減ったろ? 母さんに言って何か貰ってくるよ」
暗くなってしまった雰囲気を払拭したくて、和七は食欲を満たすことを思いついた。
その夜、綾と和七は一つペッドで寄り添って眠った。和七に抱き締められた綾は、パジャマを介して聞こえてくる和七の鼓動に、不思議と安心感を覚えていた。
『あったかい・・・気持ちいーや・・・』
気がつくともう朝って感じで、久しぶりに熟睡できたので、綾の気持ちは大分浮上していた。
「いい天気だよな。和七。今日はマラソンしよっか・・・・」
朝食を終える頃一朗が迎えに来て、3人で連れ立って学校に向かった。
「一朗・・・・昨日はいろいろ心配かけてゴメンな・・・俺、もう大丈夫だからさ・・・」
健気にも笑おうとしてる綾が痛々しくて、一朗は思わず綾の髪をクシャクシャっとなでた。
沈みがちな気分を盛り上げようと、和七は起爆剤を使った。
「ゆうべは僕とアヤと抱き合って寝たんだよねー」
「なんだとぉーっ!?」
一朗の声は裏返っている。和七の作戦は見事に成功したようだ。
「ゆうべのアヤは儚なげで可愛くて、僕は理性を保つのに必死だったんだ。一朗ならきっとオオカミに変身しておいしく戴いちゃってただろうな・・・・・」
和七がニヤニヤしながら言うのを、綾は苦笑しながら聞いていた。一郎はジダンダを踏んで悔しがっていたが、傍から見ていると恋人同士の痴話ゲンカ以外のナニモノでもなかった。
「夫婦ゲンカは犬も食わないっていうけど、独り者の前では遠慮して欲しいよな・・・・」
綾がボソッと呟くと、ギャイギャイやってた二人の動きがピキッと凍りついた。
「アヤ・・・俺達そんなつもりじゃ・・・・」
項垂れた一朗に、綾はニヤリと笑うと「うっそぴょーん」と叫んで駆け出した。
「あっ! ダマしたな! 待て、アヤ! コノヤロー! 俺の純情を弄びやがって!」
一朗が綾に続いて駆け出した。
「待てよ! 二人ともっ!」
駅までの追いかけっこが始まった。