「誤解だよ・・・あの時はアヤにフラレて落ち込んでるのを穂波が慰めてくれてたんだ」
強張っていた綾の身体からフッと力が抜けた。
「慰めて・・・?」
「そうだよ。好きだって言ってたのは穂波のことじゃない・・・アヤが好きだって言ってたんだよ」
「えっ?」
綾は混乱してしまった。
「恋人いるクセに俺に好きだって言ったんじゃないの? 最初は友達からでいいって言ったのに勝手に怒って乱暴したりするから、俺訳わかんなくなって・・・・大体、先輩に逢うと胸がドキドキして苦しいし、ちゃんと敬語が使えないから怒らせちゃったのかなって悩んだりして・・・・アレ・・・俺何言ってんだろ? あ・・またタメ口になってら・・・」
「アヤ・・・何が言いたいんだ?」
綾の言うことは支離滅裂だったが、なんとなく綾の気持ちはわかった。
「友達なんてもうやめる・・・」
そうだ。友達じゃなくて、恋人としてやり直すんだ。
「アヤ・・・・」
うっとりと湊が囁く。
「アヤなんて呼ぶなって言ってるだろ! 先輩なんて大っ嫌いだ!」
綾が叫んだ瞬間、湊の理性がキレた。
湊の右手が空を切ったかと思うと、綾はソファから転がり落ちていて、殴られたのだとわかった。呆然と湊を見上げるとそこには修羅と化した湊がいて、湧きあがる恐怖に逃げ出すこともできず、綾はその場にへたりこんでいた。
「可愛さ余って憎さ百倍とは、こういうことを言うんだろうね。僕を怒らせた責任はキチッと取っていってもらうよ」
綾を軽蔑するかのように見下ろしながら冷たく言い放つと、湊は綾を板張りの床に抑えつけて乱暴にベルトを抜き去ると、下着ごとズボンを毟り取った。
「ひっ・・・・・」
恐怖も度を過ぎると声も出ないというのは本当のことだ。綾は目を見開いたまま息を飲んだ。湊が何をしようとしているのか知らないほど子どもではないが、経験値ゼロなので子どもとなんら変わりなかった。
「アヤ・・・・?」
縮こまっている綾自身を握った瞬間、綾の身体から力が抜けたので、湊は不審に思って首筋に埋めていた顔を上げると、綾は真っ青な顔をして意識を手放していた。
「アヤ・・・・? アヤっ!」
慌てて頬を叩いても、肩を掴んで揺さぶっても、綾はぐったりとしていた。
「あぁ。アヤ! どうしよう・・・僕は一体何てことをしてしまったんだ・・・・」
意識を失ってクタッとしている綾の小さな身体を抱き締めて、湊は声を上げて泣き出した。
「・・・・雨・・・・?」
顔に落ちてくる水滴で綾は意識を取り戻した。目を開けると湊が大泣きしているので、驚いた。
「へぇ・・・・先輩でも泣くことがあるんだ・・?」
「アヤっ! 気がついたんだねっ!」
涙でグチャグチャになった顔に、湊は安堵の表情を浮かべた。
「リョウだってば・・・・何度言えばわかってくれるの? 先輩、ホントは俺のことキライなんだろ?」
「この世の誰よりも好きだよ。どうしてそんなこと言うの?」
綾は湊の、端整だけど一朗に殴られて青アザになっている、涙に濡れた頬に手を伸ばした。
「だって、俺のことアヤって呼ぶから・・・」
「みんなそう呼んでいるじゃないか」
綾は湊の鼻をつまんだ。
「ダチならいいんだ・・・でも恋人にはちゃんと『リョウ』って呼んで欲しいじゃん・・・」
「――――――!」
起き上がった綾は、スッポンポンにされていたのに気づいて、真赤になって慌てて衣服を身につけた。シャツは無残にもボロ布と化していたけれど、寒空に裸よりはマシだろうと羽織った。