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松南高校の生徒会室は、本館3階の1番グランド寄りにあって、見晴らしは最高に良かったが唯一の欠点は、西日に晒されることだった。
「楽しそうだね。アヤちゃん」
何時の間に側に来ていたのか、窓際の椅子に腰掛けてグランドの様子を眺めていた湊の背後に穂波がいた。
「あぁ・・・そうだな・・・・」
「そんなに見つめてると、アヤちゃんに穴が開いちゃうよ。湊」
「何だよ・・・ソレ」
湊の目に剣呑な光が宿ったが、穂波は無視した。
「カワイイよね。小さいのにピョンピョン全身がバネみたいによく弾んでさ」
穂波もいまだにカワイイ系としてもてはやされているのに、自分のことは棚に上げて綾のことを評していた。
綾が申請書を持って、この部屋を訪れてから半年が経っていた。当時副会長だった湊は会長に、書記だった穂波は会計になっていた。
11月も半ばを過ぎた午後。今日も西日は眩しかった。
今日の陸上競技愛好会は、走り高跳びをやっていた。愛好会ということで、綾達はそれぞれが得意の種目に打ち込むのではなく、みんな一緒にいろいろな競技を楽しむという活動をしていた。先週はハードルをやっていた。
正式の部活動でない為、使えるのはグランドの端っこで、それさえ自分たちで草むしりをして整備するところからやっていた。
湊はこの部屋から綾達が頑張る様子をずっと見てきた。一生懸命な綾を見ているだけで、心温かく感じられた。今まで他人にこんな風に感じたことはなかったのに・・・
「穂波。アヤに惚れたとか言うんじゃないだろうな?」
湊に冷たく睨まれて、穂波は目を丸くした。
「ジョーダン! 僕にはちゃーんとステキな恋人がいるんだから」
穂波はそう言うと、憮然としている湊の背中に抱きついた。
「うわっ! 何するんだ。穂波っ、離せ」
椅子から転げ落ちそうになって、湊は穂波の腕から逃れようと暴れた。
穂波が湊にじゃれつくのは日常茶飯事なので、生徒会のメンバーは誰も驚かなかったが、グランドにいた運動部の面々は、生徒会室が騒がしいと見上げて、一様にギョッと目を瞠った。
松南ウワサのカップルが、生徒会室でラブシーンを繰り広げているように見えたのだ。
「やっぱり本当のことだったんだな・・・」
一朗がポツンと呟いた。
「やっぱりってナニが?」
噂にはてんで疎い綾が一朗を振り返った。
「知らないの? アヤ。有名なのに・・・森先輩と竹村先輩って幼馴染で恋人同士だってことだよ」
和七の言葉に綾は目を丸くした。
「恋人って・・・・二人とも男じゃん」
「男同士でも! ホントにアヤってガキなんだから」
一朗のバカにしたような口調に、綾は生徒会室を見上げた。しかし、既にカーテンが引かれていて、ウワサのカップルはもう見えなかった。
「誤解されちゃったかな? アヤちゃん、何を聞かされたのか目をまん丸にしてるね。湊」
シレッと言う穂波に、湊は真剣にキレそうになった。
この、美形だけどいじめっこ体質の幼馴染は、いつも湊をからかっておもしろがった。湊がクールガイだと言われるのは、外面のいい猫かぶりの穂波を冷たくあしらっているからだった。
「湊。次アヤちゃんが跳ぶ番だぞ」
西日よけのカーテンの隙間からグランドを見ていた花井に呼ばれた湊は、表情を読まれているような気がして、軽い頭痛を覚えた。
「先輩。受験生なのにこんなとこで油売ってていいんですか?」
花井に向かって皮肉を言いながらグランドに目をやると、綾がしなやかな肢体を翻してジャンプしたところだった。
ちょうど逆光になっているので、綾の身体が光に包まれたように、一瞬見えなくなった。
バーをクリアした身体がマットに沈み込んだと同時に跳ね起きた綾は、満面に笑みを浮かべて仲間のところに戻って手洗い祝福を受けた。
「ヒュー。やるね。彼」
花井が絶賛する声も湊には聞こえていなかった。というのも、綾が一朗に抱き締められているのを見て、全身の血液が沸騰したように感じていたので・・・・


