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「あーあー、あーんなに目尻をデレデレに下げて、鼻の下もベローンと伸ばしてヤニ下がっちゃってて、見ているコッチの方が恥ずかしくなっちゃった」
 放課後。綾が来るのを生徒会室で待っていた湊は、学食での一部始終を見ていた穂波にからかわれていた。
「なんでお前がココにいるんだ?」
 睨みつけても穂波には通用しない。
「僕も一緒に帰ろうかなと思って。お隣さんなんだしぃ」
「なんだとっ!?」
「だって見張りがついてないと、湊ってばアヤちゃんを襲っちゃいそうなんだモン」
 穂波にニヤッと嘲笑われて、湊はゲンコツをお見舞いした。
「人を強姦魔みたいに言うなっ!」
「いったーい! テスト前に殴るなよっ! 覚えたこと全部忘れちゃうじゃないかっ!」
 いつものようにドツキ漫才になりかけた頃、綾が現れた。穂波はすかさず綾の背中に取り付いた。
「ねぇ、アヤちゃん。僕も一緒に帰ってもいい? 僕と湊とはお隣さんなんだ」
 面食らった綾がコクンと頷くのを見た湊が穂波に般若のような顔を向けたのを、いつものように顔を出していたヒマ人、花井がニヤニヤしながら眺めていた。


「じゃあまたね。アヤちゃん。楽しかったよ」
 家に着くと穂波はヒラヒラと手を振って自分の家に帰っていった。湊が仏頂面なのを完璧にシカトしたままで。
「アイツめ、ワザとだな・・・」
 湊が歯軋りをしたので、綾が不思議そうな顔で見上げた。
「先輩?」
「なんでもないよ。さあ、おいで」
 湊に手を取られて綾は驚いたが、そのまま手を引かれて湊の家に入っていった。
 おとなしく手を握らせて貰えて、湊の顔は先ほどとは打って変わって幸せに緩んでいた。優等生の精神構造は割と単純なようだ。
 湊の家は、家業が総合病院ということもあって、家というよりは邸宅だった。
「すっごーい! コレが先輩一人の部屋なんだ?」
 湊の部屋に通された綾は、そのあまりの広さに感嘆の声を上げた。ゆうに12畳はあろうかという洋間にはブルーのカーテンがかかっていて、湊のイメージにピッタリな気がした。思わず自分の4畳半の部屋と比べて、落ち込みそうになってしまった。
「うん? あぁ、殺風景でゴメンね」
 湊が謝ったのは、綾が驚いているのがほとんど装飾品がない殺風景な有り様が原因だと思ったからだった。
「違うよ。すっげぇ広くて羨ましいと思ったんだ」
 綾がブンブン首を振って否定すると、湊は嬉しそうに目を細めた。
「そう、ありがとう。気に入ってもらえたならこれからはいつでも遊びに来ていいんだよ。自分の部屋だと思ってくつろいでいて。何か持ってくるから」
 そう言うと、湊は綾を一人残して部屋を出て行った。
 綾はドコかの社長室にでもあるような重厚な造りの平机に近づくと、その上に唯一置かれていた写真立てを手に取った。
「コレって俺だよな・・・?」
 写真は愛好会活動中の綾の様子だろう。飛び散る汗が太陽の光にキラキラ反射していて、まるで自分じゃないようだった。
『いつ撮られたんだろ? なんかスポーツ用品のポスターみたいでくすぐったいや・・・』
 ぼんやりと自分の写真を眺めていたら、湊がお盆にコーヒーとクッキーを乗せて戻って来た。
「あ・・・それは・・・」
 綾の手にある写真立てに気付いた湊は、持って来たお盆を部屋の真中に敷かれたムートンラグの上のガラステーブルに置くと、綾の手から取り上げた。