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「悪い・・待ったか?」
 待ち合わせの駅前の噴水には弓弦が先に来ていた。
「いえ・・今来たとこです・・・」
 どんな顔をして会ったらいいのかわからずに、弓弦は俯きがちになっていた。
「腹減ったな・・・取り敢えず何か食おうぜ」
 弓弦が困惑していることに気づかないふりで、一矢は先に立って歩き出した。それは、学生時代とまるで変わっていなくて、弓弦は慌てて後を追った。

「怒ってるのか? それとも、俺のこと嫌いになったとか、軽蔑したとか?」
 駅から少し離れた路地を1本入ったところの小さな居酒屋に入って適当に料理を注文すると、一矢は弓弦の目を見ながら訊いた。
「そ、そんなこと! お・・俺は・・・怒ってなんか・・・」
 ずっと電話を無視してた弓弦を一矢が怒っているのなら話はわかるが、どうして怒ってるのかと訊かれるのかわからず、弓弦は困惑して首を振った。
「怒ってないのか?」
 一矢は、てっきり弓弦は怒っていて電話をシカトし続けたんだろうと思ってたので、拍子抜けしてしまった。
「怒ってなんかいません・・」
「じゃあ、怒ってないなら嫌いになったのか? あの日何も言わずに帰ってから電話にも全然出てくれなかったしな」
「ち、違います。嫌いになったりしてません・・・だって・・・」
 弓弦はどう答えたらいいかわからなかった。抱かれたことは覚えてないけど嬉しかったから、一矢のことが好きだと気づいたなんて言えない。
「うん? 俺のことがキライになった訳じゃないんだ?」
 その質問には頷くことで答えられた。
 注文したビールや料理が次々に運ばれてきて、取り敢えずは空腹を満たすことに専念した。
「まぁ、俺も絵梨と別れてご無沙汰してたからタマッてたし、お前もそうだったんだろ? 酔ってたからお互い様ってことでイイよな」
「えっ!? 彼女と別れたんですか?」
 弓弦はあの日の飲み会が、一矢と絵梨が別れたからのものとは知らずにいたので、心底驚いた。
「何だ、知らなかったのか? あれは絵梨と別れた俺を『励ます会』だったんだぞ」
「知らなかった・・・」
 弓弦がポカンと間抜け面を晒しているので、一矢は瞬時に策略を廻らせた。
「そんなことはまぁ、どうでもイイ。そこで提案するけど、俺とゆづとどちらかが彼女ができるまででいいから、タマにこの間みたいにセックスしないか?」
「え・・・? えぇっ!?」
 弓弦は口に運ぼうとしていた肉じゃがをポロッと落としたことにも気づかずに、大声を上げた。
「イヤか? 意外とヨかったんだよ、お前。妊娠もしないし、気心知れているから変に気を使わなくてもイイしな。お前だってあれだけ感じてたんだから、いいだろ?」
 『いいだろ?』なんて言われて即答できる問題じゃない。第一、身体に残された痕跡があったから、あの夜抱かれたんだとわかったけど、弓弦はセックスしたことさえ覚えてないのだから、感じてたと言われても困惑するだけだった。
「え・・っと・・・それって・・・・セフレってことですか?」
 セフレと言葉にして初めて、身体だけでいいと言われているのだとわかって、弓弦は悲しくなった。
「セフレ・・・そういうことになるかな」
 あっさりと一矢は言い、弓弦は少し迷ったが、頷くことでそういう関係になることを受け入れた。
「じゃあ、メシ食ったら俺んち行こうぜ」
 早速セフレとして抱かれることになった弓弦は、完全に食欲が失せてしまった。