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 会社勤めをしたくなかった一矢は、大学を卒業する半年前に、同じ工学部の仲間数人と小さいながらも会社を立ち上げた。
近所の商店街や個人のHPの作成を代行したり、主婦や老人相手にコンピューターの操作を教えたりしていたが、口コミで評判が広まって、今のところ経営状態は良好だった。
「遅かったじゃないか。一矢」
 ドアを開けるなり、共同経営者で名前だけ社長の安西秀悟(あんざいしゅうご)が冷ややかな目で睨みながら文句を言った。
「飲み込みの悪いおねーさん達だったんだよ。どう説明しても理解できないでやんの。おかげで延長料金稼げたけどな」
 今日の客は子どもを同じ幼稚園に通わせてる母親のグループだったのだが、3人全員機械が苦手と言う、最近のヤンママには珍しいグループだったので、教えるのにも苦労した。まだ、やる気マンマンの老人グループの方が飲み込みは早いかもしれなかった。
「3時間かかって、やっとお互いにメールのやり取りができるようになっただけなんだぜ。目標のHPなんていつできることやら」
 肩をすくめる一矢に、秀悟は呆れたように言った。
「そういう人がいるからこその商売だろ。ホントに外面だけはいいんだからな」
 秀悟こそ外見で言えば、どう見てもモデルかホストにしか見えないから、あまり人のことは言えない。
「あ、俺今日はこれで上がるから」
「は?」
 ポカンと口を開けた秀悟の間抜け面は、キリッとした普段とのギャップが大きくて、ちょっとした見ものだと一矢は思った。
「ずっと避けられてたのが、やっとOKしてくれたんだ。誰が何と言っても帰るからな」
 噛み付きそうな顔で一矢が睨むので、秀悟は苦笑した。
「誰も行くなって言ってないじゃないか。上手くいけば紹介しろよ。お前にそんな顔させる人なんて、興味あるからな」
 そう言われて、一矢は自分がどんな顔したのか少し気になった。

「おい、カズヤが絵梨ちゃんと別れたのって、まだ先月じゃなかったか?」
 一矢が日報も出さずに出て行ってから、奥のパーテーションから顔を出したのは、もう一人の共同経営者で、まだ大学3年、弓弦と同級生の仲飛雄(なかひゆう)だった。
「あ、聞こえてた? 飛雄」
「フツー聞こえるだろ・・・こんな狭い部屋なんだから・・」
 呆れたような飛雄の言葉に秀悟はくすくす笑った。
「確かにね。で、岡田さんのHPできたの? 期限は明日までだよ」
「当然だろ。俺を誰だと思ってんだ、あぁ?」
 年長者、しかも社長に対する言葉遣いがまるでなってない社員は、他に人がいないのをいいことに、大きなストライドで社長に近づくと、まるで羽交い絞めにするかのように抱き締めて首筋にキスを落とした。
「ちょっ・・・飛雄・・・ココではダメだって・・・」
 秀悟は飛雄の腕の中から逃れようとしたが本気の抵抗でないのは明白だった。
「なら、さっさと片付けて帰ろうぜ。カズヤも帰ったことだしな」
 腿に堅くなった砲身を押し付けられた秀悟は、少し頬を染めた。
「ガマンのきかないガキだな・・・」
 憎まれ口をきく秀悟の身体も反応しているのに気づいた飛雄は、熱くなり始めた身体を離すと、数分で帰り支度を済ませた。
「帰ろうぜ。ヒデ」