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「ゆづちん、バカ?」
 弓弦の話を聞き終わると、望は呆れたようにそう言った。
「だって・・・」
 涙目になってうな垂れた弓弦の頭を抱き寄せて、望はため息をついた。
「なんで好きな男のセフレになんかになっちゃったんだよ。辛いだけじゃん」
「でも・・抱いてもらえた・・・」
 弓弦の言葉に望はもう一つ大きなため息をついた。
「ゆづちんがそこまで割り切ってるなら、俺からは何も言えないけどさ・・・」
「割り切ってなんかない・・・すごくつらいよ・・・でも・・飽きられるまでは側にいられるから・・・」
 弓弦の目から涙が滑り落ちるのを見て、望は何も言わずに抱きしめた。
「なんか俺ね、勘違いしそうになったんだ・・あんなに優しく抱いてくれたから・・・・もしかしたら愛されてるんじゃないかって・・バカだよね・・・・」
「え・・?」
 望はポカンと口を開けたまま固まった。
「でも、キスはしてくれないんだ・・・好きな人としかしないからって・・・」
「ゆづちん・・・ソレって・・・」
 望は訳がわからなくなりそうだった。好きな人としかキスしないというのは、一矢でなく弓弦の言い分だったはずだ。望がキスした時にもそう言った。
 おそらく最初に抱かれた時に、弓弦は一矢に向かってそう言ったに違いない。一矢はその気持ちを尊重してるのだろう。
 多分、一矢は弓弦のことを好きなはずだ。ただ今は自分の本当の気持ちに気づいていないだけなのだろう。
 でなきゃ、あの傲慢な一矢が弓弦を勘違いさせるほど優しく抱いたりしないし、弓弦の気持ちを尊重したりしない。
 見た目は派手だが心優しい保育士さんは世話好きだった。どうにかしてこのじれったい二人を結びつけてやりたいと思った。
 望は泣き疲れて眠ってしまった弓弦を抱き締めたまま、作戦を練るために考えを巡らせ始めた。





「ゆづ?」
 玄関のドアが閉まる音がしたような気がした。嫌な予感がしたけど、やはりと言うか案の定と言うか、寝室に戻ると弓弦の姿が消えていた。
「・・おい・・・マジかよ・・・」
 確かにセフレとは言ったけど、こんなにあっさり帰ってしまうとは思わなかった。
恋人同士じゃないんだから、終わった後でいつまでもベタベタしたいとは思わないけど、もう少し甘い余韻に浸っていてもバチは当たらないだろうに。
「なんだってんだよ・・・ったく・・・一言あいさつくらいして行けよな・・・」
 わずらわしいのがイヤで、セフレという関係になったけど、ここまであっさりされるのも、身体だけが目的なのだと思い知らされたようで、複雑な気持ちになった。


「明日は休みだろ? 今夜はさっさと帰らずに泊まってけよ」
 先週のようにあっさり帰られるのはイヤで、一矢はそう持ちかけた。
「え・・でも・・・・」
 弓弦が困惑したように目を伏せたので、一矢はムカッとなった。
「セフレとは言え、知らない間に帰られるのはイヤなんだよな」
 先週のことでチクっとイヤミを言われるだけでなく、改めてセフレだと釘を刺されて、弓弦は泣きそうになった。
「だって・・着替えとか持ってきてないし・・」
「そんなの俺のを着ればいいだろ。大は小を兼ねるんだから」
 やんわりとした断りも一蹴されてしまい、弓弦はしばらく迷っていたが承諾した。
 ずっと一緒にいたいのに、一緒にいるのが辛くなる。弓弦はその相反した気持ちに翻弄されていた。