15

 一矢の部屋を飛び出してすぐに望に電話を入れた。泣きながら報告する弓弦に望は優しく『今すぐおいで』と言ってくれた。
 そう言ってくれなくても、押しかけるつもりだった。
 自分でも甘ったれているとわかっている。でも望以外に今の、壊れそうになっている自分を理解して支えてくれる人はいなかったから。

「・・・・バカ・・・」
 弓弦の顔を見るなり、望は大きなため息をついた。
「わかってる・・・」
 口唇を噛み締めて俯く弓弦をリビングのソファに座らせると隣に座って抱き寄せ、望は母親のように背中を撫でてやった。
「でも、あんな鬼畜でも好きなんだよな・・・こればっかりは理屈じゃないからな・・俺は見守ることしかできないや・・・」
 望の言葉に弓弦は嬉しくて涙が溢れそうになった。
「うん・・・望がこうやって慰めてくれるから、俺は壊れずにいられる・・・・ありがと・・・迷惑かけてごめんなさい・・・」
「俺はいいけどさ・・ゆづちん・・・これからどうするつもり?」
 望に訊かれて、弓弦は首を振った。
「偉そうなこと言ってたけど、もう限界・・・もう先輩には逢えない・・・」
 そう言ってポロポロ涙をこぼす弓弦を望はギュッと抱き締めた。弓弦も縋りつくように望の背中に両手を回した。
「そっか・・・わかった・・ゆづちんの思うままにすればいい・・・」
 抱き合う二人には、ドアが開いて人が入ってくる気配に気づかなかった。
「・・・・どういうことだ、望」
 ソファで抱き合う二人の頭上から降ってくる掠れた低音に、ギョッとして弓弦が顔を上げると、こわもての偉丈夫が見下ろしていた。
「あれ、垣内(かきうち)さん。今日は非番だった?」
 望が驚いたように目を丸くしている。
 垣内さんというのが望のダーリンの名前らしい。捜査1課の刑事だと知らされていなかったら、『ヤ』のつく自由業の方だと信じて疑わなかっただろう鋭い眼光に、弓弦は圧倒されたように息を飲んだ。
「夜勤明けだ」
 そう言われてよく見ると、スーツはシワだらけで、だらしなく緩められたネクタイ、元はムースかジェルでスタイリングされていたと思われるヘアスタイルは、少し乱れて前髪が額にかかっていて、仕事帰りなのだと納得した。
「あ、そーだったんだ? あのさ、このコが前に言ってたちょっとツライ恋をしてる後輩のゆづちん」
 弓弦を抱き締めたままの望の説明に、垣内は驚いたようで、あっと声を上げた。ポカンと口を開けたその顔は、それまでのこわもてとギャップがあって、なんとなく愛嬌が感じられた。
「垣内だ。よろしく」
 少し赤くなった垣内に右手を差し出されて、弓弦は望に抱き締められたまま応じた。
「坂巻弓弦です。はじめまして・・望にはいつも迷惑かけてます・・・」
「気にするな。望が望んでやってることだ」
 垣内は望の性格をちゃんと把握しているようだ。お互いに信頼できる二人をとても羨ましいと思ったが、弓弦は曖昧に笑うことでごまかした。
「あ・・あの、先輩・・俺はもう大丈夫ですから、今日はこれで・・・」
 あたふたと望の腕の中から逃れて、帰ろうとする弓弦の腕を掴んで引き止めたのは、垣内だった。
「俺のことは気にしなくていい。別に望と約束してた訳じゃないからな」
「で・・でも・・」
 恐縮する弓弦に望も頷いた。
「そんな顔色のゆづちん、帰せないって・・・今にもブッ倒れそうなくらい真っ青なクセに意地張るんじゃないって」
 見ると垣内も頷いている。そう言うと望は朝ごはんを用意するためにキッチンに立った。