16

「こんなこともあろうかと、買っておいてよかった」
 梅干とレトルトのおかゆを温めただけの朝食だったが、一矢に内臓を激しく掻き回されていた弓弦にはありがたかった。夜勤明けの垣内にはハムエッグとトーストが用意された。
「ご馳走さん。じゃ帰って寝るわ」
 コーヒーを飲み干して垣内が腰を上げるのに、弓弦は慌てた。
「いえ、俺が帰りますから、垣内さんは望と一緒にいてあげてください」
 必死な様子の弓弦の頭を子どもにするようにポンポンと叩くと、垣内は笑みを浮かべた。
「夜勤明けなんで、もう眠くて望の相手はできそうにないんだ。今日はちょっと顔を見に寄っただけだから、そんなに気を使わなくてもいい」
 そう言って垣内は本当に帰って行ってしまった。
「ごめんなさい・・・久しぶりに会ったんじゃないですか?」
 恐縮する弓弦に、望は苦笑した。
「確かに久しぶりだったけど、夜勤明けの垣内さんって、俺のベッドを占領して爆睡するだけだから、気にしなくてもいいよ」
 そして、垣内と同じように頭をポンポン叩いた。子ども扱いされているのはわかったけど、精神的に参っている今、こうやって甘やかしてもらえるのは心地よかった。





「畜生、畜生! 一体なんだってんだよ、ったく!」
 今日は映画を見に行ったり、美味しいと評判の店でランチをしたりして、学生時代と同じように楽しく過ごそうと思ってたのに、目覚めると同時にさっさと帰ってしまうなんて思わなかった。
 前にイヤミを言ったからか、帰るときに一応挨拶はしていったものの、顔も見せずに実にあっさりとしたものだった。抱かれている間はあれだけ感じて乱れていたくせに・・・・・
「まじ身体だけが目当てだってのかよ・・・」
 自分から持ちかけたことだったのに、一方的に弓弦に振り回されているようで、一矢はイライラしていた。
 楽しめればいいと思っていたのに、こんなイヤな気分にさせられるなんて、まっぴらゴメンだと一矢は思った。
「そうか・・・イヤならやめたらいいんだ・・・」
よく考えたら後腐れなくセックスできる相手なんて、苦労しなくてもいくらでも見つかる。弓弦一人にこだわる必要は最初からなかった。携帯を取り出すと弓弦をコールした。





「ゆづちん、ケータイ鳴ってるんじゃないか?」
 着信メロディは一矢からだということを告げている。弓弦は一瞬躊躇したが通話ボタンを押した。
「はい・・・もしもし・・」
『あ、高倉だけど・・・もうやめようぜ・・』
 いきなり終りを告げられたが、弓弦は何を言われたのか理解できなかった。
「あの・・先輩?」
『お前とは身体の相性はいいと思うんだけど、なんか思ってたのと違うんだよな。だからもう終りにしたいんだけど・・・別にいいよな?』
 弓弦には受け入れることしかできなかった。自分でも、もう逢えないと思っていたから、渡りに船だ。
「はい・・わかりました・・・」
 そう返事する以外、弓弦にどう言えただろう。通話を切ると同時に、声も出さずに涙を溢れさせた弓弦に望は驚いたが、何も言わずに抱き締めた。