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「わかりましただと!? それだけかよ。何か他に言うことはないのかよ!」
 自分より先に通話を切られて、一矢は携帯を投げつけそうになったが、辛うじて思いとどまった。
「なんでこうなっちまったんだよ・・・」
 在学中はいつも側においてきた。純粋に自分のことを慕ってくれる弓弦が弟のように可愛いと思ってた。
 お互いに信頼し合ってると思ってたから、セックスという要素が加わっても壊れるような関係じゃないと思ってたのに、何が悪かったのだろう。
 自分でもどうしようもない感情に翻弄されて、一矢は口唇を噛み締めた。





「高倉から?」
 弓弦から返事はなかったが、それ以外の人物だとは思えなかった。
「や・・・やめよう・・って・・」
 弓弦はそれだけ言うと緊張の糸が切れたのか、意識を失ってしまった。
「ゆづちんっ!? おい、しっかりしろ!」
 望の悲鳴は弓弦の耳には聞こえなかった。





「酒臭いぞ。カズヤ」
 週明け、出勤した一矢に飛雄が文句を言った。
 ATNコンピューターサービスのオフィスは、飛雄の通う大学の側にあったので、飛雄は休講や空き時間になるとオフィスに来て仕事をしがてら時間を潰している。
 今朝は一限目から休講のメールが来たので、朝から出勤していたのだった。
「うるせー、トビオ。ガッコに行けよな」
 一応スーツは着ているものの、酒臭いだけでなく、ネクタイは首に引っ掛けているだけだし、ひげも剃ってないし、目は真っ赤に充血していて、普段の一矢からは想像できないほど、だらしない格好だった。
「一体どうしたってんだ? 一矢。そんなんじゃ営業に行けないじゃないか」
 さすがにこの有様では、秀悟も口を出さない訳にはいかなかった。
「営業はお前が行けばいいだろ。今日は内勤させてもらうぞ。畜生、バックレずに出勤しただけでもありがたいと思えよな」
 そう言い捨てると一矢は自分のパーテーションに入ってPCを立ち上げた。
「俺が営業に行くのはいいけど、お前がそうなった訳くらい聞かせろ。どうせ、この間言ってたコと上手くいかなかったのが原因だろうけどな」
 秀悟に図星を指されて一矢はキレた。
「うっせーよ! セフレと切れたぐらいで、何でお前らにいちいち説明しなきゃなんねぇよ!」
 一矢は椅子を蹴飛ばすと、立ち上げたPCをそのままに部屋を飛び出した。
「・・・セフレって言ったよな・・カズヤ」
「その割には絵梨ちゃんと別れた時よりダメージ受けてるようだけど・・・」
 秀悟と飛雄は狐につままれたようで、お互いに顔を見合わせて肩をすくめた。
「仕方ない・・今日の営業は俺が行くから、飛雄は先週受けたSの方を頼む」
「ラジャ、シャチョーさん」
 おどけたように言うと、飛雄は秀悟の腰を片手で抱き寄せ、噛み付くような激しいキスをした。
「Sの特別手当、先払いでもらっとくぜ」
「ふーん。この程度でいいのか?」
 濡れた口唇からこぼれる秀悟の言葉に、飛雄はニッと笑った。
「冗談だろ? ほんの手付けにもならねぇよ」
 飛雄はもう一度秀悟の口唇をむさぼると、自分のパーテーションに入って、PCを立ち上げた。
「あ、俺2限目からガッコ行くから」
「それまでに一矢は戻ってくると思うよ」
 秀悟はそう言って、一矢の代わりに営業に出て行った。