18

「ユミ、顔色悪いぜ。風邪でも引いたのか?」
 30分ほどで戻ってきた一矢と入れ替わりに、2限目から講義に出た飛雄は、弓弦の姿を見つけて隣に座った。
「あ、おはよう、仲。風邪って訳じゃないけど、ちょっと調子が悪くて・・」
「ちょっとって顔色じゃないぜ」
 飛雄は弓弦の額に手を当てた。
「やっぱ、熱っぽいんじゃねぇ? ノートなら取っといてやるから帰んな」
 見てくれはSPかSWATかといった感じで、上背もあって近寄りがたい印象の飛雄だが、弓弦に対しては兄のように世話をやいて構っていた。
「ありがと・・・でも、大丈夫。ちょっと食欲がないだけだから・・・」
 弓弦は無理に笑顔を作って見せたが、飛雄は眉をひそめた。

 一矢から終りを告げられた日。緊張が解けたのとショックで意識を失った弓弦は、望が呼んだ救急車で病院に運ばれた。
 結局は激しいセックスで疲労困憊してたところに精神的にもダメージを受けた所為とわかり、一晩入院して点滴を受けて帰されたのだった。
 望にもとても心配かけてしまった。挙句、同居しないかと誘われている。今のアパートの契約が来月切れるから、その誘惑に乗ってしまいたいが、そこまで甘えてもいいものか、弓弦は悩んでいた。
「そう言えば、カズヤが今日は大荒れだったな」
 飛雄から一矢の名前が出て、弓弦の心臓の鼓動が一気に跳ねた。
 飛雄は何故か人の名前を素直に呼ばない。そんな風に捻くれた呼び方をするのは男に限定されるが、弓弦はユミ、一矢のことはカズヤ、今のところみんなには内緒にしてる恋人の秀悟のこともヒデと呼ぶ。
 一矢はそんな飛雄のことを同じようにトビオと返していた。
「なんでもセフレと切れたらしいけど、絵梨さんと別れた時よりダメージが大きそうでさ。よほど修羅場ったのかもよ」
「へ・・へぇ・・・そうなんだ?」
 弓弦は顔が引き攣りそうになるのを隠せなかった。
「ユミはカズヤのこと崇拝してたからショック受けたか? でも、セフレくらい後腐れないのを選べよなってんだよ」
 飛雄はそのセフレが弓弦だったと知らないから、好き放題言っている。弓弦も当事者でなかったら、飛雄の言うことが正しいと相槌を打っていただろう。
 そんな話をしてるうちに教授が入室してきて、弓弦は帰れなくなった。
「辛かったら遠慮なく言えよ」
「うん・・ありがとう・・」
 笑ってみせた弓弦に、飛雄は子どもにするように髪をくしゃっと撫でた。


「ホントにお世話になってもいいんですか? 俺より垣内さんと一緒に暮らした方がいいんじゃないですか?」
 週末、いつものように望と逢った弓弦は、また同居の話を持ち出されていた。
「一度お試しでひと月ほど一緒に暮らしたことあんだよ。でも完璧すれ違いでさ。俺がキレちまったんだ。ゆづちんは俺と暮らすの、イヤ?」
 上目遣いで見られて、弓弦は思わず首を振っていた。
「なら、決まりだ。家賃はいらねーから、光熱費だけ折半な?」
 あれよあれよという間に同居することが決定したが、弓弦は正直戸惑っていた。
 垣内が訪ねてきた場合、気を利かせて出かけた方がいいのだろうとか、試験前には構わないで静かに勉強させて欲しいけどどうだろうかとか、細かいことをいろいろ思い悩んだ。
 しかし、バイトもせずに仕送りだけで生活している弓弦にとっては、家賃がいらないというのはかなり嬉しい。
 問題は起こってから対策を考えればいいやと開き直ることにした。