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「望、何作ってるの?」
 夕食が終わってから、テーブルの上に色画用紙やマジックペン、のりにセロテープにステープラーといった工作用具を広げて、望は作業を始めた。
「もうすぐ運動会があるから、それに使う小道具を作ってんだ。園でもやってんだけど時間なくてさ」
 言いながらも望は手を動かし続けた。
「俺にも何か手伝えることある?」
 弓弦の申し出に、望はハサミと画用紙を差し出した。
「助かるよ。お面を作ってんだけど、線の通りに切り抜いてくれるか?」
 手渡された黄色い画用紙には、子どもに人気のキャラクターがコピーされていた。
「子どもたちがコレをつけるの?」
 弓弦が切り抜いたものに望が紙のベルトと輪ゴムをつけていった。
「そうそう。年少組のお遊戯に使うんだ」
「大変だね」
「まあな。でも楽しいぜ。ゆづちんも保育士にならねぇ? ウチで雇ってやるからさ」
「えっ?」
 卒業まで1年半を切って、そろそろ就職先を考えなければとは思っていたが、保育士というのは選択肢になかった。
「卒業したら、田舎に帰らなきゃならねぇ?」
「いえ・・それは特に・・・」
 弓弦が大学に入ってすぐに兄が結婚して両親と同居している。先月子どもが生まれたので、卒業しても実家には戻らず、一人暮らしをするつもりにしていた。
「子どもがキライじゃないなら、本気で考えといてくれる? 俺、ゆづちんと一緒に仕事したいと思ってんだ」
 子どもはキライじゃない。むしろ好きだと思う。
「俺に務まるかな?」
 迷う弓弦に望は笑って言った。
「俺にだって務まってるんだぜ。心配なら運動会にバイト感覚で体験に来てみる? 土曜だし、前日の準備から手伝ってくれると助かるけどな」
「そんなことできるの?」
 驚く弓弦に望はウインクで応えた。
「俺を誰だと思ってんの? 園長の息子だぜ」
 弓弦は迷っていたが、やってみることにした。もし、適正があるなら卒業までに保育士の資格を取れば、就職先は望が保証してくれるのだから、リクルート活動しなくてもいい。
やってみる価値はあると弓弦は思った。


 そして土曜日の夕方。グランドに石灰でラインを引いたり、倉庫から用具を運んだりといった手伝いを終えて、弓弦は望と幼稚園を後にした。
「ゆづちん、すげぇ期待されてるぜ」
「期待って?」
 現役大学生ということで、弓弦は手伝いの合間に、若い保育士達におもちゃにされていた。
「卒業したら絶対にウチに入ってほしいってさ。何が何でも口説き落とせって、みんなに頼まれちまったよ」
「え・・・そうなんですか?」
「そうそう。出会いの少ない職場だから、みんないろいろ期待してるみたいだよ。俺にも友達紹介しろってうるさいったら。何度かコンパしたしさ」
 身体を動かして働くことは、自分には向いていると思ったけど、保育士の仕事はそれだけじゃない。
 生身の子どもを相手にして、ちゃんとやっていけるかどうかは、まだわからない。
 明日の運動会でいろいろ試されることになるので、弓弦はだんだん緊張してきた。
「俺、ちゃんとできるかな・・・・なんかやめたくなってきた・・・」
 弱音を吐く弓弦の肩に、望はがしっと腕を回した。
「今夜はちょっと飲みに行こうか・・ゆづちんがリラックスできるようにさ」
 弓弦は少しためらったが、小さく頷いた。
「そんなに飲めないけどな。明日は朝早くから重労働だからさ」
「うん。わかってるってば・・」
 仲睦まじいカップルのようにじゃれあいながら、居酒屋の暖簾をくぐる二人の様子を、営業帰りの一矢が見ていた。