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「ゆづと牧村? なんであいつら・・・」
 得意先のカフェバーのホームページをメンテナンスした帰り、たまたま通りかかったところで二人を見かけた一矢は、その場に立ち止まった。
 望が弓弦の肩を抱き寄せて何か話しかけると、弓弦ははにかんだように頷く。
男同士だとわかっているのに、どう見ても恋人同士にしか見えなかった。
 二人は、呆然と立ち尽くす一矢には気づかないまま居酒屋に入っていった。
 その時一矢の心に湧き上がってきた感情が何だったのかはわからない。
気づいた時には、一矢はその場から逃げ出すように駆け出していた。


「一矢、どうした? 顔色が悪いぞ」
 会社に戻るなり来客用のソファに倒れこんだ一矢の様子に驚いて、秀悟が駆け寄ってきた。
「おい、具合が悪いのか?」
 真っ青な顔の一矢のただならぬ様子に、飛雄も心配そうに寄ってきた。
「痛てぇ・・・」
 胸を押さえて、ソファの上で身体を丸める一矢に、秀悟も飛雄も顔色が変わった。
「カズヤ?!」
「心筋梗塞か!? き・・・救急車だ、飛雄!」
 秀悟が叫ぶと飛雄はデスクの電話に飛びついた。
「待て、トビオ! ち・・違うから・・・」
 一矢が静止するので、飛雄は取り敢えず受話器を戻した。
「違うって・・そんな顔色してるじゃん」
「一矢・・・失恋でもしたのか?」
 落ち着きを取り戻したらしい秀悟の問いに、一矢は目を瞠った。
「なっ・・」
「やはりそうか・・・セフレだなんて言ってたけど、好きだったんだろ? その人のこと」
 全てをわかっているような秀悟の言葉に、一矢は頭に血が上った。
「そんなんじゃねーつっただろうがよっ! わかった風な口きくな!」
 弾かれたようにソファから立ち上がり、一矢は怒鳴った。
「そんなんじゃないクセに、どうしてそんなに熱くなってるんだろうね、一矢は」
 事実を指摘されて、一矢は口唇を噛み締めた。
「なんかやけにムキになってるじゃん。否定すればするほど墓穴掘ってるっちゅうの」
 飛雄も秀悟の尻馬に乗って、揶揄する。
「相手は絵梨ちゃんじゃないんだろう?」
「はぁ? 絵梨?」
 秀悟がどうしてここで絵梨の名前を出すのかわからず、一矢は目をぱちくりさせた。
「ほら、絵梨ちゃんはもう既に過去の人になってるじゃないか。と言うより、絵梨ちゃんと別れた時には、今みたいなダメージ受けなかっただろ? これでも単なるセフレだったと言い張るのか?」
 畳み掛ける秀悟の言葉に、一矢はハンマーで頭を殴られたかのようなショックを受けた。
「自覚なかったのかよ。ボケ」
 飛雄はいちいち一矢の気持ちを逆なでするようなセリフをはく。
「絵梨ちゃんと別れても、あんまりサバサバしてるから、嫌がらせで『励ます会』を開いたんだけどね」
 秀悟の言葉は一矢の耳には入っていなかった。
「帰る・・・」
 フラフラと出て行く一矢を、秀悟も飛雄も引き止めなかった。

「で、一体相手は誰だよ?」
「知らないよ。俺に訊かないでくれる?」
「まぁ、カズヤのことなんて、俺にはどうでもいいけどな」
 飛雄はそう言って、自分の仕事の続きに戻った。
「確かに一矢に構ってるヒマはないんだったな」
 秀悟も自分の仕事に戻った。最近サボリがちな社員の今月の給料は、1割減だと心に決めつつ。